おねしょ王子

恵本正雪

王子の憂鬱

「王子、今日はやりましたか」

「なにを」

「アレですよ、アレ」

「知らないよ」

「とぼけないでください、王子。正直が一番でありますよ」


「では正直に言わせてもらおう。君とは長い付き合いだ。君は毎朝何が楽しいのか知らないが、僕にだって尊厳そんげんというものがあるんだ」

「で、もらしたんですか」


「話を聞いていたかい。君はそんな人間じゃなかった。最初のころは皆に、黙ってくれていた。そんな君を、心から信頼していた。家来として、一番に思っていた。ところがどうだい。もう僕に対しては、まったく気を使わないどころか、粗相して当然、あるいは僕の粗相を期待してさえいるのだから」


「あ、王子、見てください。絶好のお洗濯日和です」

「失望した。残念。裏切り。不愉快。絶交。つまらない。君はつまらない」

「王子、ぶつぶつと何を言ってるか聞こえませんよ。はやく着替えないと、気持ちが悪いでしょう」

「だから、さっきから言っているじゃないか、みなまで言うなと、言っているんだ」

「わかりました。はい……わかりました」


 家来は黙って布団を片付け、王子の体を丁寧に洗い、着替えを手伝った。

 王子は腹を立てながら食事に行き、家来はそのまま寝具の洗濯に向かった。


 家来は王子の粗相のシーツを広げて、その跡を眺めていた。

「いや、お見事。王子のおねしょの絵は素晴らしい。見事だ。これはわが国の地図かな。ははあ、さては、この辺が隣国か。王子は夢の中で、領土の取り合いをして、わが国に平和をもたらしているに違いない。この国は安泰だ。素晴らしい作品である。品評会に推薦しておこう。おい誰か、誰かいるか。この絵を写してくれる画家を探してくれ」


 そうして、国一番の画家が城に招かれた。

「国一番の画家よ。これを見よ。これは王子の小便である。この王子の素晴らしい作品を元に、絵を描いてほしいのだ。それを皆に発表する。年末までにやりなさい」

 国一番の画家はその粗相のシーツを持ち帰り、作業に取り掛かった。

 そしてあっという間に、素晴らしい絵が出来上がり、城へ献上された。


「おお、これはすごい。ふむ、このあたりは、聖なる動物にも見える。これは顔かな。いや、世界地図かな。うむうむ。なんとも生命力に満ちた、作品である。御苦労であった」

 家来は画家にたくさんの褒美を与えた。


 そして時は流れ、年末の美術会が開かれた。

「このような素晴らしい絵は見たことがない」

「どうやら王子が描いたらしい」

「この上ない感性だ。流石だ、王子に乾杯」

 美術会に招かれた王族や民衆たちは、皆釘付けになって絵を眺めている。


「やや、王子。そこにおりましたか。王子の才能には皆、驚いていますよ」

「こんな恥ずかしい事はない!」

「どうです、この反響は」

「家来よ、今日もいやな目をしているな。また何か隠しているだろう」

「いいえ、何も」

「僕はあのような絵を描いていないぞ。誰だ、あの絵を描いたのは」

「あれは王子が描いたものでございます」

「嘘だ。なんということだ。僕の粗相が、皆に知られてしまって」


「なにも恥じることはございません。王子が無意識に魂を込めて描いたものです。私が王子の布団を干している際、あの日は快晴でありました。太陽越しに見た、その布に神妙に漂う図案を見た時の感動は、言葉に表すことはできません。それに独り占めするにはおしいと感じたのであります。ですから表現芸術を極めた職人に依頼したのであります。これからあなた様の布団を洗うのが楽しみでしょうがありません。皆には、王子のおねしょという事は、隠しておりますから、安心なさってください。知っているのは私と、描いた画家と、おねしょ王子だけでございます」

「無礼だ。究極の無礼者だ。君は、僕の粗相をあんな風に飾ってしまった。もうお終いだ」

「そういえば王子、美術会に招いた者の中に預言者がおりまして、絵から未知なる不思議な力を感じたものがいるそうでありまして」

「僕のおしっこでまじないでもするつもりか!」

「まあ王子、それより酒を飲みましょう。祝いの席では酒を飲むものです。ああ王子はまだ早いですね。そうだ、ブドウジュースを飲みましょう。どうぞどうぞ」

「そんなものいるか!」


 王子は手を跳ね除けた。

 家来の持っていたグラスは宙を舞い、ジュースが絵に飛び散った。

 そこに文字が浮かびあがった。


『小便小僧』


 王子は、ハッとして、目を覚ました。

 ベッドのそばには家来が立っている。

「王子、今日はやりましたか」



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