第56話:国となるために1

 アルシュ皇国と諸島連合、それぞれに対して書簡が届いたのはブルグンド王国の騎士団が壊滅してすぐの事だった。

 届けたのはアルシュ皇国側はエルフの代表団が、諸島連合側には南方解放戦線の代表団が届ける形となった。これは諸島連合には南方解放戦線側に伝手があったからであり、南方を彼らが担当する以上はエルフ達の面子を立てる為にも北方はエルフが担当する必要があった為だ。

 書簡の内容は要約すれば。


 『我々は合流して、一つの国を作るので認めてくれ』

 『今すぐじゃなくていい。使えそうだと思った時に我々がこういう書簡を送った事を思い出して欲しい』

 

 というものだった。

 当初はこっそり王や議長の枕元に届けるというのも考えられたのだが、将来に向けて正式に国交を開く下準備の為に一手間をかけた。さすがに今すぐ認めてくれ!というのは無茶だと分かっていたし、しかし、両国がブルグンド王国との関係が良くない事からこちらが力を示せば可能性はあると判断しての事だった。

 そして、もしこれが認められれば、ブルグンド王国の弱体化目当ての承認であっても、二つの国が新たに国が生まれた事を認めたという事実は大きい。両国とて、将来エルフと南方解放戦線によって構成される新国家が邪魔になったとしても、一度自分達が承認した以上は国として扱わねばならない事には変わりない。

 

 こうした思惑の末に派遣された使節団だったが、当り前ながら両国は受け取りはしたが、それは「一応」というものだった。

 事実、諸島連合に伝手のあった南方解放戦線は多少はマシだったものの、エルフが向かったアルシュ皇国側は事前に金塊を売ったりして調達した資金をばらまいても出会えたのは外交を担う部署の一番下に位置する部署の責任者を務める下級貴族でしかなかった。

 もっとも、これはエルフ側も事前にティグレと常葉、カノンらからきっちり言い含められていたから文句はなかった。


 『お前らだって、いきなり来た奴に最初から族長とか会わせたりしないだろ』


 それは確かにその通りであり、彼らも納得したので、書簡を渡してすんなり帰国したのだった。

 かくして、この時はこれで終わった。

 この時点ではまだ、両国とも騎士団壊滅の話を掴んではいない。

 だが、使節団が帰国してある程度の期間が過ぎた頃、状況は変わる。そう、ブルグンド王国の正規騎士団一個の全滅とそれをエルフ達が為した、という情報をアルシュ皇国や諸島連合も入手したからだ。

 こうなると事情は大きく変わる。対応した二人が二人共、きちんと新たな情報が入った時に「そういえば!」と先だって届けられた書簡を思い出したのは彼ら自身にとっても幸運だっただろう。そうして彼らの上司を通じて、両国上層部へと書簡は届けられ、両国では王が、議長が側近達と話し合う事になる。

 もちろん、ただ一戦での勝利を持って、即「国として承認」とまではいかない。戦いの内容も不明だからだ。不意打ちと奇襲、策で騎士団を全滅に追い込んだというなら偶々だったと言えるが、これがもし騎士団と真っ向戦い、それに勝つだけの力を持っているとしたら……。

 この後、両国はエルフ及び南方解放戦線との接触を密かに活発化させる事を決定する。



 ――――――――


 

 「とまあ、そんな状況だナ」

 「ご苦労さん」

 「まったくダ。お陰でこっちはあの後ずっとアルシュに張り付きだゾ?」


 戦の後、ただちにカノンは北方のアルシュ皇国に出かけていた。

 アルシュ皇国側の動きは諸島連合に比べて把握しづらい。最大の原因は両国の政策で、海への積極的進出がなければさほど問題視しない諸島連合に対し、アルシュ皇国は伝統的にブルグンド王国と敵対しているからだった。

 それだけにどのような判断を下すのか。

 これを機に彼ら自身がブルグンド王国へと侵攻するのか。

 エルフ達へと密偵を送り込んでくるのか。

 あるいは逆に積極的に支援をしてくるのか……。

 極端な例だけでもこれぐらいはすぐ思いついた訳だが、案外落ち着いた判断を下したと言える。


 「王国の動向を見定める、そういう事だな」

 「騎士団の一つを失ったとはいえ、国境を守る騎士団や領主勢は健在。騎士団一個の全滅じゃ全面戦争に踏み切れないのは当然でしょう」

 「こちらに密偵を送って来るか、積極的な支援を申し出てくるぐらいは考えてたんだがナ」


 まったくだ。

 

 「今のアルシュ皇国の上層部は穏健派って事なのかね?」

 「まだそこまで情報が入ってないナ」


 紛争するだけじゃなく、交易など交流を活発化させる方に重点を置く可能性だってある。

 ……もっとも、感情的な面を考えると厳しいだろうが。上層部だけじゃない。少し調べただけでも長年両国は細かい衝突を繰り返してきている。両国の民自体に互いに対する感情悪化が染み付いていると言える。そうなってしまえば、上層部だけの判断でどうにかなるような話ではない。

 確かにアルシュ皇国は皇帝の権限が大きいが、何気に皇帝の暗殺、不審死も多いらしい。

 権限が強いからこそ、皇帝を確実に止めるにはそれしかない、と極端な手段に出るらしいんだな。


 「まあ、そこら辺はこれからも調べていくしかないんだ。すまんが、カノン頼む」

 「やれやれだナ……」

 「となると、後残る問題は……」

 「アルシュ皇国からの接触をどうするかだな」


 これまで南方解放戦線はともかく、エルフ達への接触は両国共行ってこなかった。 

 だが、今回の一件で両国共にエルフへの関心は間違いなく強まった。諸島連合は繋がりのある解放戦線を通じての情報収集を主体にするかもしれないが、アルシュ皇国は……間違いなくこちらと誰か接触させてくる。あちらが国と認める為の交換条件なり何等かの話を持って。

 さて、鬼が出るか蛇が出るか……。

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