第39話 騎士とハサミは使いよう
正直なところ……
最近、私は寂しい。
なぜかというと、シャルナが新しい事業に没頭してしまっているからだ。
バリザードにやってきてしばらくは暇を見つけて教会の仕事も手伝ってくれていたけど、最近はそれがなくなり、家に戻っても聖騎士の身分そっちのけで完全に商売モード。
やっぱり彼女はゾフォールの娘ね……
だけどこれも正直なところ、こういうことになるような気はしていた。
だって、あの利に聡いおじさまが子供のように目を輝かせて新天地開拓に燃えていたんですもの。それはつまりシャルナにとっても楽しいことのはずで、おじさまの目論見とは少し違うけど、案の定シャルナは商売にどっぷりはまってしまった。
お陰で私は一人で教会の修復作業をし、子供たちに勉強を教え、布教のために町を回っている。
子供たちの面倒を見るのはまだ、いい。
まだ教会を家としている子たちはゼルーグさんに弟子入りしたやんちゃな子たちで、すぐに飽きて遊んだり私のお尻を触ってきたりするけど、司祭さまもいるし、代々この教会でお手伝いをしているというシスターもいるから、そう負担はない。
だけど、他のことはほぼ私一人でやらなければならない。
修復作業は、目の見えない司祭さまにやらせるわけにはいかないし、シスターはあくまでお手伝いさんであって普段は家のことがあるうえ、普通の女性に力仕事を頼むわけにはいかない。
布教に関しては、呆れたことに、
「無理に引き入れるのはよくありません。聖職者が暇なのはむしろよいことですよ」
と、教会を預かる司祭の言葉とは思えない言葉が司祭さまの口から飛び出して、彼はまったく無関心。もちろんシスターは家のことがあるのでそうそう時間が取れない。
結果、私がやるしかない。
ただ、厳密にいうと修復作業は私一人じゃなく、内装だけは大工ギルドにお願いした。建てつけの悪い扉、割れた窓、壊れた椅子の交換、そして壁の塗り直しは専門家じゃないとできないから、私とシャルナ、そしてリエルさんでお金を出し合い、渋い顔をする司祭さまを説得した。
シャルナが関わったのは、ここまで。
だから私のここ最近の日常は、朝教会へ行って大工さんたちに指示を出し、昼まで子供たちの勉強を見て、昼食後は住宅地を主に回って布教し、教会に戻って荒れた庭の手入れ……
これで、一日が終わる。
ここにきてから、全然騎士としての訓練ができていない!
騎士としての活動ができないことはわかっていたけど、訓練すらできないなんて、これはちょっと想定外……
せっかくこの町には強い人がたくさんいるというのに……
シャルナとも、訓練どころか会話する時間すら減っちゃってるし……
「はぁ……」
今日も今日とて、成果の芳しくない布教活動を終えて教会に戻ってきた私は、剣ではなく剪定バサミをもって荒れ放題の庭で一人、ため息を漏らした。
すると。
「お疲れのようですね」
と、不意にかけられた声が司祭さまのものでなかったことから、私は自分でも驚くような速さで振り向いた。
そこにいたのは……
「リエルさん……!」
いつ見てもお伽話の中から飛び出してきたような見目麗しいそのかたが、草刈り鎌を片手に微笑んでおられた!
「あまり無理をしてはいけませんよ」
「無理など、そんな、大丈夫ですっ!」
ああ、どうして私はこのかたを前にするといつも舞い上がってしまうの……!
いいえこれはシャルナのいうような乙女心とか恋心とかそういった浮ついたものではなくただこうも美しい人をお見かけする機会が今までなかったからまだ慣れていないだけでそう決して浮ついたものでは……!
ああ、笑顔が眩しい……!
「本当はもう少しお手伝いにきたいのですが、なかなか時間が取れず申し訳ない」
「いえっ、充分です! こうしてときどきでもきてくださるだけで……」
リエルさんはまた微笑んで、早速作業に取りかかられた。
実をいうと……
まだ、リエルさんとはろくに会話をしていない……
いつも変に舞い上がってしまって、まともに会話が続かないのだ。
訊きたいことはたくさんある。
バリザードへくる前はどこでなにをしておられたのか、店長さんたちとはどのような関係なのか、リエルさんが信仰しておられる宗教はどういったものなのか……
だけど、どうにも、間が掴めない。
それに素性に関してはこの町全体のタブーとなっているようだから、きっと訊いてはいけないことなのだろう。
だとしたら、他に知りたいことといえば、普段の生活くらい……
それはそれで、踏み込み過ぎ……
となると、会話の種がない。
種が蒔けなければ実りようもなく、今まで数回あったこのような機会ではいつもお互い無言のまま別れの時間を迎えてしまっている。
きっと今日もそうなるだろう。
だけど一人寂しく作業するよりはずっといい。
……そう思っていると、なんと!
「そういえば……」
リエルさんのほうからお声がかりが!
「今シャルナどのが進めている件、エストどのは反対なのですか?」
「えっ?」
なんとも意外な内容に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いえ、あなたに協力を頼んだら無下に断られたと嘆いておられたので」
「ああ……」
私は正確に理解してしまった。
シャルナが私に頼んできたのは、ピリムさんの服の宣伝モデル。
ピリムさんの服を着てその姿を画家に描かせて宣伝看板を作り、町のあちこちや馬車に取りつけるのだとか……
それだけなら断ることはなかったんだけど、着る服が大問題。
だって、娼婦でも着ないような破廉恥な物だったんだから……
二人がかりで口説き落としにきたけど、なにがあってもあんな恰好なんてできるものじゃない!
というわけで断ったというのが真相のひとつ。
だけどリエルさんの言葉にはもうひとつの意地悪な真相が隠されていることを、長年のつき合いから私は感じ取ったのだ。
長年とはもちろんシャルナとのこと。
つまり彼女は、リエルさんを使って私を説得するつもりなのだ。
それは……ずるい……!
「よほど嫌なようですね」
顔に出てしまったのか、リエルさんに勘違いをさせてしまった!
「いえ、そういう意味ではなく……」
「聞いたところ、なにもクレアが躍起になって作らせようとしているような破廉恥な服ばかりではなく、真っ当な方向で新しいデザインの服もあるそうで、どうやらあなたにお願いしたいのはそちらのようですよ?」
「……えっ?」
「イクティノーラどのやユギラどのなど、モデルを承諾されたかたがたはみな普通の服でのモデルもされるのだとか」
「あ、そ、そうなのですか……」
あれ?
でもあのとき確かにシャルナは、私にいかがわしい恰好をさせようとしていたような……?
「実は、私もやらないかと頼まれまして……」
リエルさんが絵に!?
それは是非とも見たい!
「エストどのと並べて男女服を一枚に納めたいとのことなのですが、どうでしょう?」
「やります」
「よろしいのですか?」
「よろしいです」
「そうですか」
そういうことになり、私は俄然張り切って庭仕事に打ち込んだ。訓練不足を解消するかのように剪定バサミを唸らせて……
ええ、わかっているわ、シャルナ……
どうせ私のこと、チョロい女だと思っているんでしょうね……!
いいわよ、乗ってあげようじゃない!
今回だけはあなたの掌の上で踊らされてあげるわよ!
でもきっとあなたのことだから、これには気遣いも含まれているんでしょうねっ!
ああっ、悔しい!
いっておくけど、わかったうえで乗ってあげるんだからねっ!
決してチョロくなんかないんだからねっ!
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