第12話 剣かドレスか、恋心

 役目をサボり、行く当てもないまま町を彷徨った結果、なぜか私は教会へきていた。キナフィーという司祭が管理するこの町唯一の教会だ。

 ゼレス教どころか国でもリエルどのほど熱心な信徒だったわけではないが、やはり幼少期を過ごした環境に近いからなのか、そのボロさに惹かれて戸を押してしまった。

 この町では商工会のせいで教会勢力は無力に等しく、そんな無力な宗教に救いを求める者もいなかったようで、いまだに信徒は少ないと聞く。中には誰もいなかった。

 司祭すら不在とは……

 しかし好都合だ。人に話せるようなことじゃないし、ここで心を落ち着けてから戻ろう。

 そう思って近くの長椅子に座り、大きく息を吐いた。

 それとほぼ同時だった、奥の部屋から司祭が現れたのは。

「ようこそ」

 目が見えていないというのに正確に私のほうを向いてそういった。

「おや……?」

 意外そうな声を上げ、近づいてきた。

 なるほど、確かにこの足取り、戦士のものだ。それもお飾りの貴族騎士ではなく、血に汚れ泥をすすることもいとわない、本当の意味での戦闘の専門家と見える。

 ……私より強いかな?

「あなたは、血塗れ乙女亭ブラッディー・メイデンのかたですか? 最初にルシエド卿とともに町へやってきた……」

「わかるのですか?」

「ええ。目が見えなくともあなたがたほど強烈な人は気配でだいたいわかるのです。きっとお気づきのことでしょうが、私ももとはそちら側の人間でしたので……」

「なるほど……」

「確か、ヒューレさんでしたね。今日はどうなさいましたか?」

「ああ、いや……」

 なんと答えたらいいのだろう。

 まさかヴァンパイアを殺したくてイライラしてしてました、とはいえないし。

 そもそも部外者に話せるようなことでもないし……

「お気になさらなくてけっこうですよ。宗派は違えどリエルさんもときどきお祈りに参られますし、教会内でのことを俗世に持ち込むようなことはしません。それに聖職者など、壁の一部のようなものですから」

 なるほど、壁に向かって話すならなんの気兼ねもいらないと。

 子供のころにいた教会のシスターたちとは随分と雰囲気の違う人だ。これは宗派ではなく人間としての違いなんだろうな。

 私は、本当に伏せるべきことだけ伏せて、話してみることにした。


 思えば国にいたころから、胸の内を誰かに打ち明けたことなどなかった。

 そうできると思える相手などいなかったし、ゼルーグどのやリエルどのなどごく一部の人は多くを語らなくても理解してくれていた。

 今にして思えば、女友達は一人もいなかった。

 一人でもそういう相手がいれば、もう少しなにか違っただろうか?

 でも、友達というのはどうすればできるものなんだろうか?

 教会でともに育った孤児たちは友達というより家族だったし、私ってもしかして、今まで一人も友達を作ったことがない……?

 うーん、でも必要と思ったこともないし、今も昔もあのかたたちがいれば充分だし……

 話しながら、私は少しだけ自分を見つめなおすことができた。

 そして話し終えると、司祭に笑われた。

「失礼」

 そういいながらもまだ笑ってる。

「なにか可笑しかったでしょうか」

「ええ、意外と」

 この人も意外と容赦のない人だな……

「あなたは本当にルシエド卿を慕っているのですね」

「あう、それは、まあ、その……」

「ええ、わかっています、単純な恋心でないことは。それゆえにどう接していいか、自分の気持ちをどう表現していいかもわからない……」

「ええ……」

「あなたは今、ズボンを穿かれていますね?」

「えっ?」

「音です。話している間のあなたの仕種が発する音。ズボンにはズボンの、ローブにはローブの、それぞれ独特な衣擦れの音があるのですよ」

「はあ……」

 たいした耳だとは思うが、それがどうしたというのだろう?

「ズボンということはつまり男装……いえ、もしかすると兵装でしょうか? 剣もおもちですね」

「外ではなにが起こるかわかりませんので」

「私服でドレスはおもちでない?」

「ええ」

 ドレス……

 私が、ドレス……?

 いかん、笑ってしまう。

 仕事中は給仕服だからローブだが、いくらなんでもドレスはないな、ドレスは。

 あれほど私に似合わない服装はないだろう。

「ご自分が女性であるという自覚が弱いようですね」

「いやしかし、私がドレスなど……!」

「私は見えないので似合う似合わないはわかりません」

 ぐむっ。

「ですが、あなたが女性であることをもう少しわかりやすく表現すれば、ルシエド卿の見る目も変わるのではありませんか?」

「うっ、しかし……」

「きっとルシエド卿にとって今のあなたは、家族のようなものなのです」

「家族……」

「詳しい事情はわかりませんが、これまでの身分を捨て、主従関係も解消となり、一応は対等になった。しかしあなたはそう捉えることができず、見た目も言動も昔のまま……となれば、彼にとってはただ単に上下関係がなくなっただけの昔どおりのつき合いをする相手、となるのでしょう」

 た、確かに、そういわれれば国を出る以前からとなにも関係が変わっていないような……

「言葉ではっきり気持ちを伝えることができないのなら、まずは見た目から変えてみてはどうでしょう? そうすれば彼はもちろん、きっとあなたの心のもちようにも変化があると思うのですが」

「しかし、ドレスとは……」

「なにも貴族のような派手な物をとはいいません。庶民服でも裕福なかたが着る物は上品で女性らしいですし」

 それすら私には高い壁だ……

 頷けずにいたら、また笑われた。

「戦場よりドレスを恐れる女性がいるとは」

 むっ!

「恐れてなどいません! あのかたのお目汚しになるのではないかと思っただけです!」

「では汚さない物を選べばよろしい」

「そうします!」


 あれ?

 なんで私、教会を出た?

 なんで、ドレスを買いに行こうなどと考えた?

 どうしよう。

 このまま帰るのは負けた気がする。

 というより、完全に乗せられた。


 どうしよう……


 私がドレスなんて着て帰ったら、絶対に笑われる……

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