第10話 ロマンスの神さまは不在でした
そういうわけで始まりました、第一回店長争奪料理対決。
審判役グストー料理長が定めましたるお題は、カスタードプリン。
カスタードプリンは最近台頭してきたスイーツ界では新手の勢力だが起源は古く、なんでも船乗りが限られた食材を無駄にしないために余り物の具材を溶いた卵にぶち込んで蒸したのが始まりで、それが近年になってどこかの誰かの手により純粋な甘味菓子として改良されたんだとか。
クレアもこいつが好きで(スイーツならなんでも好きだが)自分で作りたがったもののなかなかに温度調節が難しいらしく、まだグストーから挑戦許可が下りてなかった。
それに、別になくてもできるがあったほうが断然にいい香味料、バニラが高い。南方との仕入れが復活したからカカオ同様入るには入るんだが、どっかの民族だか一族だかが作り方を独占してるらしくやたら値が張ってあまり大量に仕入れるわけにはいかなかったからってのもある。
それを解禁してまで二人にカスタードプリンを作らせようってのは、おれをダシに客寄せしたことへの詫びなのか、ロマンスを応援したいからなのか……
おれもバニラが大好きだと知ってるから、どちらにしろ好都合ってことだな、うん。
「モテる男は大変だのう」
ちゃっかり同席している市長もすっかり楽しんでやがる。
っつーかおれ、今日は夜までホールのシフトだったんだが……なんで座らされてるんだろうか。
まあいいか、プリンはそんなに時間のかかるものじゃない。二人とグストーのお陰で怖いもの見たさの客がどんどん入ってくる様でも見ながらいっときでも心を落ちつかせようじゃないか……
二時間後……
「さあ、召し上がれ!」
とテーブルに並べられたふたつのプリンに対し、おれは、
「デカすぎだろっ!」
第一声で批判した。
まさか二時間も待たされるとは思わなかったから昼食もとらず待ってたら、ボウルがふたつ出てきやがったんだ。
「いやあ、お二人が妙にこだわるんでな、何回もやり直してたら時間かかっちまったから、昼飯代わりにな?」
な? じゃ、ねえよ……
昼飯代わりにボウルプリンをふたつも食えるほどスイーツジャンキーじゃねえよ、おれは……
「さあ、あなた! 愛情こもった私のプリンでお腹をいっぱいにしてね!」
「いいえっ、私のプリンでこそ!」
そういって二人はまた睨み合いを始めた。
もしかしてそれが原因で時間かかったんじゃないのか……?
しかし……
食べるのは、いい。
そうさ、なにも全部食べる必要はない。
ただ、対決である以上、優劣をつけなければならない。
「味だけじゃなく見た目もにおいもちゃんと判断するのよ!」
「こもっている愛情の深さも味わってくださいね!」
引き分け……
で、手を打ってくれるわけ……
ないよなあ~……
とりあえず食べてみるか……
「どれ……」
おれはスプーンを右手にもち、左のボウルを引き寄せる。
「ああっ、私のプリンからだなんて、もはや私の勝ちに等しいわねっ!」
「ぎぎぎ……!」
単に取りやすかったからってだけなんだが、イクティノーラよ、キャラ崩壊してないか?
おれはいがみ合いを続ける二人を放置して、まずはクレアのプリンを一口すくって頬張った。
「うん、美味い」
ちょっと甘すぎる気もするが、バニラのにおいが香ばしくて味覚からも嗅覚からも空きっ腹に染み渡る。
続いてイクティノーラのプリンも一口味わう。
「うん、美味い」
ちょっと甘すぎる気もするが、バニラのにおいが香ばしくて味覚からも嗅覚からも空きっ腹に染み渡る。
「…………」
同じ味じゃねえかッ!!
料理長を呼べッ!
すぐそこにいた!
「料理長、説明を要求する」
「すまん。指導しすぎた」
帽子を取って角つきの焦げ茶頭をすんなり下げた。
潔くてよろしい。
いやよろしくねえよッ!!
コレでどうやって判定を下せってんだ!
味どころか見た目もにおいも一緒なんだぞ!?
愛情の深さでも量れってか!?
そんな目に見えないもんをどうやって確かめるんだよ!
確かめてほしいなら目に見える形にしてくれよ!
ああその結果がコレか!
どうしようもねえなッ!
「わしも味見させてもらってよいかの?」
固まってるおれを助けようとしてくれたのか単に食後のデザートをただで食べたかっただけなのか、市長が恐れ気もなく二人に尋ねた。勇気あるぜ。それより仕事はどうした。
「構わないわよ」
「ええ、どうぞ」
「どれどれ」
そういって、それぞれからおれより大きな一口を味見した。
「いやあ、どちらも優劣つけがたいの。部外者のわしがお二人の情熱を推し量ろうとするなど出過ぎた真似だったようじゃ。お邪魔者はとっとと退散するとしようかの」
なんてスマートな逃げ方をしやがる……ッ!
じじいならじじいらしく年の功で若者にアドバイスのひとつでもしてやろうとは思わんのかッ!
「さあ、ダーリン! そろそろ決断できたかしら? きっと優しいあなたのことだからこの泥棒猫を傷つけまいと言葉を選んでいるんでしょうねっ」
「それはこちらのセリフです! 妻気取りで勘違いしているあなたを哀れに思って傷が小さく済むよう気を遣われているのよっ」
「なにをうっ!?」
「なんですかっ!」
うん、絶対引き分けなんて許してくれそうにない。
でもおれにはどちらかを勝たせてどちらかを負かすなんてことはできない。
だって同じ味だからな!
「どうやらお二方の料理の腕は互角のご様子……」
おれが頭を抱えていると、冷静に状況を把握したのかアデールが事実を指摘した。
そしてギラリとその鋭い目が光る。
「こうなればもうひとつの女の戦場へ向かうしかありませんね」
あっ、すんげえヤな予感……!
「床勝負と参りましょう」
やっぱりかてめえっ!
「ヒュウウゥ~~ッ!!」
おい客どもッ、囃し立てるんじゃねえッ!
「それはいい考えだわ、アデール!」
「恐縮です」
恐縮してんじゃねえよッ、てめえは遠慮ってモンを知らねえのかッ!
「床勝負って、なに?」
おいおいクレアさん、さすがにそこは察してくれよ。
「もちろん寝床において殿方を満足させることです」
「セックスってこと?」
「そうです」
身も蓋もねえ会話っ!
「うふふ、クレアさん……」
イクティノーラが余裕と敵意を器用に織り交ぜた妖艶な表情でクレアを見下ろすように視線を向けた。こいつも随分と悪い顔ができるもんだ……
「逃げたかったら逃げてもいいのですよ? いくらあなたがアレとはいえ、この町の娼婦の頂点として君臨し続ける私に敵うはずがないのですから」
「ふんっ、娼婦如きが私たちの間に割って入ろうなんて身の程知らずもいいところね」
え、おまえ、そんなに自信あるのか……?
「ただの技術だけの女だとは思わないことですよ。技術はもちろんのこと、私にとってルシエドさまは初めての殿方……」
また、客どもが湧いた。
それも大いに。
そりゃそうだ、そんなはずがないのに町の娼婦のボスが初めての男宣言なんてしやがったんだから、そりゃ騒ぎたくもなるわ。
ただひとついわせてくれ。
……嘘はよくないと思うんだ。
「えっ……初めてって、そういう意味で……?」
ほ~ぅらクレアさんが呆然となさったぞ。
「もちろん、そういう意味です。磨き抜かれた技術と、初めての殿方にすべてを捧げるこの覚悟をもって、たとえ何者であろうとねじ伏せて見せましょう」
「それでこそイクティノーラさまでございます」
もうアデールの太鼓もちなんかどうでもいい。
おれにはこの直後にくるであろう展開が読めすぎていて、どう身を護ろうか必死に考えていたんだ。
「あなた……どういうこと……?」
ぎぎぎ、と音でも立てそうなほど固く重い動作で、クレアが振り向く。
いつも感情の昂ぶりに連動してざわめく長い銀髪が、やはり今回も暴走の前兆としておれに危機を伝えてくれた。
「私だってまだなのにいいいィ――ッ!!」
真紅のオーラが空間を真っ赤に染め、客どもはイクティノーラとアデールも含めて全員が固まった。それどころかスタッフもみんな信じられないといった顔でおれを見ている。
おれはなんでこうも下半身事情をバラされなきゃならないんだ……?
これが罰だというなら誰かおれの罪を教えてくれ。弁護士雇うから。
「落ち着け、クレア。人の言葉というのは往々にして過度な誇張が含まれるものであってそれを無闇に信用するというのは……」
「抱きなさい」
「は?」
「今すぐ私を抱きなさい」
「待てやこら」
「許さないわよ! 妻である私を放っておいて先に他の女を抱くなんて! 今ここで血という血をすべて交じり合わせるくらいひとつになるのよ! さあ抱きなさい!」
「なに脱いでんだ、馬鹿、やめろ!」
「馬鹿はどっちよおおおォ――ッ!!」
もう、そこからはなにがなんだかでよくは覚えていない……
全裸になって真紅のオーラを振り撒きながら抱け抱けと迫ってくるクレアを拳で言い聞かせながら客たちを避難させ、そのどさくさに紛れてイクティノーラたちを逃がしたってことぐらいだ。
気がついたときには店内は滅茶苦茶で、あたりには誰のものかも何人分かも判別がつかない血液が大量に飛び散っていた。
死者が出なかったことを願うばかりだ……
まあたぶん、ほとんどがおれの血だろうけどな!
よく生きてたもんだぜ……いやほんと。
しかし……
本当にどういう状況だったんだろうな?
クレアが全裸で心臓に包丁を突き立てられて幸せそうにくたばってるって。
おれもいつの間にか全裸だし。
まあ、いいか……
とりあえず今回の件はうやむやになったし、今日はもう寝よう。そうしよう。
明日は平和な一日でありますように……
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