第22話 剣を握るという覚悟

 よう!

 久々登場のおれさま、ゼルーグだ!

 事務員集めが終わってから、おれはちょいと難儀な仕事に取りかかっていて、今もその真っ最中だ。

 それはなにかって?

 なにかと問うならば答えよう!

 それはおれの本職――というより前職を活かした重要任務……


 戦力の再建だ。


 この町の荒くれどもはほとんどおれたちが始末しちまったから、町の防衛や治安維持に必要な戦力はほぼ皆無になっちまった。残ってる戦力といったら市長の私兵が二十人ほどと、おれたちに刃向わなかったやる気のない名ばかり冒険者が同数程度。

 防衛はおろか、こんなんじゃ治安は悪化の一途を辿るだけ。

 ということでおれが新たに戦力を集め、最低でも治安を護れる程度には鍛えなけれりゃならなくなったってワケだ。

 この役目に関しちゃおれ以上の適任はいないだろう。

 ヒューレは女で若すぎるからナメられちまうし、リエルは顔がよすぎるせいで同業からは嫌われやすい。

 まあ今さらおれたちをナメたり逆らったりするやつはいないとは思うが、あいつらはあいつらでふられた役目があるからな、おれもおれでやれることをやるだけだ。

 店にいても役立たずだから、というのもあるがな……


 っとまあ、そういうわけでおれはとりあえず現有戦力である四十人ほどの根性を鍛えなおすべく、町はずれの空き地で訓練を行ってるわけよ。

 で、三日目だったか、少し離れたところでじいっとこっちを見てるガキがいた。

 あれくらいの年頃なら剣を振るって戦う姿に憧れるもんだし、見たいなら好きなだけ見て行けばいいと、放っておいた。

 すると次の日には数が五人に増えていた。

 さらに次の日には大人までついていた。

 どうも教会のなんとかいう司祭らしいな、聞いてた特徴と一致する。

 てこたあ、あのガキどもは教会で面倒見てる孤児ってことか……

 しかしそいつらがなんで軍事訓練を見物するんだ? 子供はまだしも、司祭のほうはそもそも見えてねえだろうに。


 そう思っていると、その司祭が杖もつかず真っ直ぐおれのところへ寄ってきた。

 その姿を見て確信したよ。

 こいつ、なかりできるぜ。

 歩き方が一般人のそれじゃねえ。一分の隙も見せない、しかし素人にそうとは気づかせない、戦い慣れした男の歩き方だ。

 それにかなり洗練された気をまとってやがる。近づかなきゃわからないほど薄く、凝縮されたやつをな。

 ルシエドもリエルも気づかなかったっぽいから、ホントにたいしたモンだぜ。

「お邪魔して申し訳ありません。私はこの町でゼレス教の教会を任されています、レイル・キナフィーと申します」

「おう、聞いてるぜ。なにか用か?」

「あなたを見ていて是非ともお願いしたいと思いました。うちで預かっている孤児たちを、訓練に参加させてやってはいただけませんか?」

「ゼレス教ってのがどういう宗教かよく知らねえが、子供に剣を取らせることを許してるのか?」

「信徒の争いごとは禁じられていますが、彼らは信徒ではありません。他に行くべきところがないので預かっているだけです」

「随分冷たい物言いだな」

「そうでしょうか。どのような場所であれ、人は生きてゆかねばなりません。生きるために最低限必要なのは精神的な教義ではなく食べるための物質的な能力です。算術が得意なら商人に、手先が器用なら職人に……」

「剣にロマンを感じるなら戦士に、ってか?」

「幸いルシエド卿をはじめ、市長や各ギルドが協力してくださったお陰で多くがいろんな場所へ雇われていきました。ですが今残っている者たちは……」

「なるほど」

 冷たいんじゃなく、むしろ優しんだな。それに現実的だ。

 祈りを捧げて人に優しくしてりゃ幸せになれる、なんてのが物を知らない馬鹿の戯言だってことは、こいつもわかってるんだ。戦場あがりなら当然だわな。

「いいぜ、面倒見てやるよ。あの五人で全部か?」

「いえ、あと二人います」

「そうか。ただ、どこまでやっていいんだ?」

「それで食べていける程度に」

 涼しい顔して無茶いいやがるぜ。

 剣で食っていける人間なんてのは騎士や兵士を除けばごくわずかだ。冒険者に憧れて剣を握るやつはいくらでもいるが、いったいその中の何割が引き返すこともなく無事に成人を迎えられることか。だから冒険者や傭兵という職業はほとんどが若く代替わりも早い。

「この訓練の目的は冒険者や兵士の育成ではないのでしょう?」

 おれの心を見透かしたようにさらっといいやがった。

「最低目標は治安維持部隊としての機能だな。それ以上は個人の好きにさせるさ。冒険者として旅をしたいってんなら出ていけばいいし、どこぞに仕官したいなら挑戦してみればいい」

「それでけっこうです。よろしくお願いします」

 そうして次の日から、七人のガキが加わった。



 んで。

 そのガキどもだが……

「うっせえ、ハゲ!」

「てめーだってガキだったときがあっただろうが!」

 おれとそれ以外っつう二種類しかなかった上下関係にもうひとつ下ができたことで余裕をもった四十人の中のいくらかが、ガキどもをからかって優越感に浸ろうとしたんだが、脛やら腹やらに手痛い反撃を食らって地べたに這いつくばっちまった。

 売れ残るわけだぜ……

 しかし妙に懐かしいもんだ。

 ここまでわかりやすくはなかったが、ヒューレも生意気だったしなあ。

 どれ、ここはまず大人の世界について教えてやるかね。

「おい、ガキども。剣を取れ」

 七人のガキは頭にハテナマークを浮かべておれを見た。

 やつらにまだ真剣は渡してないから当然だ。

「誰でもいい、体格に合う刃物を貸してやれ」

「ゼルーグさん、いきなり実戦形式でやるんすか……?」

「それがおまえらのためでもあるぞ」

 反論は許さないという意志をちゃんと感じ取ってくれたようだ。やつらはそれぞれ剣やらダガーやらを渡して、この場を離れた。

「さあ、ガキども。そいつでおれを殺しにこい」

「えっ」

「剣を握るという意味を、頭より先に体に教えてやる」

 おれも剣を抜く。

 自慢の大剣じゃなく、訓練用に使っている普通のロングソードだ。

「さあ、こい。ただしおれも反撃するぞ。死にたくなかったらおれを殺すか、剣を捨てて今すぐ逃げるかだ」

 ずい、と一歩進み出て威しつける。

 ガキどももこれが遊びじゃないということを理解したらしい。

 何人かは他のやつの様子を窺って、何人かは手の中にある凶器の威力を想像して震える。

 商工会の被害者だというから、この中にも親をそいつで奪われたやつはいるだろう。

 だが、自らの意思で剣を取ったのなら、剣を取るしか道がなかったのなら、正面から向き合わなきゃならねえことが、この世界にだってあるんだ。


 こいつは、命を奪うための道具だ。

 ただそのためだけに生まれ、使われる道具だ。

 こいつを手にするということは、今からおまえを殺すという意思の表れ。

 こいつを向けられたら、今から殺されるという合図。

 子供だからって関係ない。

 そういう世界なんだ。


 おれが剣を振りかぶると、ガキどもは一斉に襲いかかってきた。

 無我夢中で、自分の体がどう動いているのか、自分がなにをいって、なにを見ているのかも、ろくに認識できちゃいないだろう。

 それでも、全員が逃げずに向かってきた。

 こういうやつはそう多くない。他に道があるやつはわざわざ危険に立ち向かう必要なんてないからな。

 だけど、こいつらは違う。

 仲間たちが次々拾われていく中、最後まで誰からも手を差し伸べてもらえず、剣を取る道しか残されてなかったやつらだ。

 そういうやつが逃げたらだめだ。

 残された最後の道を、正面から入って堂々とど真ん中を歩けるようにならなけりゃ、生き残ることはできない。

 おれがこの道の歩き方を、教えてやるぜ。

 お代は出世払いで勘弁してやらあ!

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