第21話 ミスター味おやじ

 可哀想なことにクレアに惚れてしまったらしい領主が慌ただしく帰って一週間後の雨の日、そろそろ夕食を作ろうかという時間にそいつらは突然やってきた。

「たのもうッ!」

 まるで決闘の申し込みかのように勇ましく入店してきた二人の男は、しかし、とても武人には見えなかった。

 どう見てもただのちょっと強面の魔族と、庶民の若造だ。

「領主さまの紹介でやってきた、料理人のグストー・ファンゼンとその弟子サロ・ミュレスと申す! 店長はいずこに!?」

 なんとも場違いなやつが送られてきたもんだ。ここは騎士の訓練場じゃなくてただの飲食店だぞ。

 しかしまさか本当に魔族の料理人を寄越してくれるとは思わなかったな。

 グストーという男は赤みの強い肌とこめかみ付近からうねって生える黒褐色の角から、このへんではわりと見かけるヴルング族であることが窺えた。ヴルング族といえば東隣のアンセラ王国では一族丸ごと傭兵として雇われている武闘派一族のはずなんだが……まあ、それはいいだろう。

「おれが店長のルシエドだ」

 ちょうどヒューレ、クレア、そして厨房担当の従業員たちで今日の夕食はなんにしようかと相談していたところだ。腕を見るには最高のタイミングだな。

「おう、よろしく頼む! 今から夕食か?」

「ああ、そのつもりだ」

「ではちょうどいい。手合わせ願おうか」

 はい?

 手合わせ?

「知っているかもしれんが、わがヴルング族は戦いに生きる一族だ。たとえ戦場が厨房になろうともやることは変わらん、料理の腕を競い、互いを高め合うのが生きざまよ!」

「おれとしてはそっちの腕がわかればそれでいいんだが」

「それではおれの気が済まん! 当然、ここの料理長の座を奪うべくやってきたが、奪うなら戦って勝利しなければ意味がない!」

「おおっ……」

 と、なぜか感銘を受けたのは挑まれたはずのヒューレだった。

「ルシエドさま、受けて立ちましょう。挑まれてこれを避けるは騎士の恥です」

 いつまで騎士のつもりでいるんだよ。

「まあ、いいか」

 そういうことで、おれたちは早速準備に取りかかった。

 もちろんその前にグストーとサロには風呂に入ってもらったがな。



 ヒューレとおれ、グストーとサロという二対二のタッグ形式で行われる料理対決のお題は、羊肉のトマトシチューと、ジャガイモと玉ねぎの薄切り炒め。

 後者はただのおれの好物で、前者は季節を考えた結果だ。

 厨房は広く四人ではむしろ効率が落ちてしまうほどだが、グストーたちに不利にならないようあらかじめ互いが必要と思った器具や具材を並べておき、そこからようやくスタートとなった。

 おれは薄切り炒めの担当で、まずは皮を剥いて短冊切りにし、油を敷いて熱したフライパンに投入する。

 その横でヒューレは最初にトマトを煮詰め、その間に乾燥豆を軽く水洗いし、キャベツを二センチほどに、玉ねぎを粗みじんに切っていき、最後に羊肉を一口サイズに切り分けていく。

 ちらっと対戦相手のほうを見ると、まだおれたちほどの工程には進んでいないようだった。不慣れな環境のせいかと思ったが、どうも見慣れない作業をときどき入れているのが見えて、おれは首をかしげるしかない。

 とりあえず簡単な薄切り炒めが出来上がるとおれはトマトの鍋を担当することにし、協力してシチューを完成させた。


 分量は四人分。審査員はクレアと厨房担当従業員の四人で合わせて五人だが、四人分というのが料理におけるスタンダードな分量なのでそうしておいた。だから一人分の量は少なくなってしまうが、夕食を別に作るから問題ないだろう。

 どちらが作った料理かわからないよう審査員にはうしろを向いてもらった状態で並べ、整うと全員一斉に口をつける。

「これは覚えがあるわ、あなたの料理ね」

 クレアは薄切り炒めを食べながらおれを見た。

 審査なんだからそういうことをいうんじゃねえよ。

「魔族の味付けはどうかしら」

「期待に副えず悪いが、そっちはサロの作だ」

 おまえもおまえでバラしてんじゃねえっての。まあいいけども。

 しかし、一口食べたクレアは、目を見開いて驚いたかと思うと一気にサロの作った薄切り炒めを平らげてしまった。

 まじかよ……

「美味しい! おかわり!」

「すみません、もうありません」

「今すぐ作りなさい」

「えーっと……」

 サロは困った顔でおれに助けを求める。

「クレア、ちゃんとシチューも食べろ。そっちはグストーが作ったものだぞ」

「そうだったわ! こっちが本命よね!」

 クレアの反応に刺激され、従業員たちもおれとヒューレの作はそこそこに、みんなでグストーたちの料理へを手を伸ばす。

 そして、クレアはスプーンを落とした。

 あいつが固まるのは甘味以外じゃこれが初めてだ。

「美味しい……辛いのに甘くて、ふわふわでしっとりで……」

 涙まで流しやがった。

 そんなに美味いのか……?

 気になって仕方がない。

「おれにもくれ」

 我慢する必要もないので、おれとヒューレも従業員の鍋にスプーンを突っ込む。

「おおっ……」

「これは……!」

 従業員たちもみな、同じ反応だった。

 これはもう、違う料理だ。

 おれたちの作ったシチューだって別に不味いわけじゃない。というか充分美味い。

 だが、それはあくまでトマト味のシチューに羊肉や豆や野菜を入れて味付けしただけのものであって、「羊肉のトマトシチュー」という名の統一された料理では、なかった。

 グストーの作ったそれは、トマトの甘味がしっかり利いて具材にしみ込んでおり、しかし具材はどれも緩くなり過ぎず、さらに鼻からピリッと抜ける香辛料でとどめ。

「唐辛子で味付けしたのか、胡椒ではなく」

「胡椒も入ってるが、冬場に出す料理としては唐辛子のほうがいい。それに胡椒は薄切り炒めのほうでしっかり役に立ってるからな」

「どれ、そっちも……」

 おれはサロの皿から一口すくい上げ、好物のそれを頬張った。

「……まるで味わいが違う」

「あんたの調理法を見ていたが、イモと玉ねぎを切ったあとすぐにフライパンで炒め、最後に胡椒をふっただろう」

「ああ、そうだ。問題だったか?」

「家庭料理として出すなら充分だ。サロが採った方法は、切った具材を少量の油に浸し、それを手で軽く揉んで馴染ませ、そこに胡椒をふって油を敷かずに焼くというものだ。葉物を炒めるさいは体積が縮むから調味料は最後のほうがいいが、体積がさほど変わらない根菜類ならこの方法のほうがしっかりと味がつくし、食感もカリッとして香ばしく仕上がる」

「な、なるほど……」

「そういうひと手間、ふた手間が大きな違いとなって表れるのが、料理だ!」

 まったく想像もつかない調理法だった。

 調理技術の差というより、それ以前の知識の段階でおれたちとは雲泥の差があったらしい。

 こいつはお手上げというほかないな。

「参った、降参だ」

「ええ、実にお見事です」

「じゃあ、おれが料理長で文句ないな!?」

「あるわけがない。開店はまだ先だが、明日からよろしく頼む」

「おう、任せとけい!」


 これでようやく最後のピースが揃った。

 ヒューレには悪いが、やっぱりこいつにはホールリーダーとして表を仕切ってもらおう。どんなガラの悪い客がくるかもわらないし、従業員を護る意味でもその役目はヒューレが相応しいだろう。

 だいたいせっかく見た目がいいんだ、表に立たなきゃもったいないってもんだろ?


 あ、だったらリエルはどうするかな……

 あいつの顔のよさと礼儀正しさは貴重だから各所への連絡や交渉役をやってもらっているが、いずれ必要なくなったときのことを考えてやっぱりウェイターとして仕込んでおくべきか……?

 ゼルーグは論外にしても、グストーたちがきてくれたお陰で人員配置にもいろいろ幅が出せそうだ。

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