The S.A.S.【10-7】
馬鹿騒ぎに興じた仲間は揃っていびきをかき、ダニエルを含めた顔馴染み連中もナメクジよろしく潰れていた。ショーンは、マシューと肩を組んでいる写真を枕元に寝息を立てている。ジェロームは……何であいつ全裸なの?急場凌ぎの措置として、やつが着ていたと思しき衣服を身体に掛け、股間を〈プレイボーイ〉で隠す。馬鹿野郎、凍えちまうぞ。
床に散乱する酒瓶を蹴って音を立てぬ様に兵舎を抜け出し、車庫に駐められたランドローバー・ウルフの運転席に滑り込む。滞りなくエンジンが掛かり、ヘッドライトが夜の基地に灯る。付近を歩く影はなく、SASの借地一帯が静まりかえっていた。こいつは好都合と慎重に発進し、敷地南側の滑走路へ進路を取る。飲酒運転にはなるが、大荷物の迎車故に致し方なしである。憲兵さん見逃して。
安全運転を心掛けつつ、襟を掴んで臭いを確かめる。戦闘服は洗濯済であるし、汗も流した。久々に合う好きな子に会うのだから、恥はかきたくい。下らない見栄に、間抜けな笑いが起こった。これから最も非道で陰惨な姿を晒すというのに、メッキを塗って身繕いとは。
誘導灯が点々と灯る滑走路脇に車を駐め、使い込んだ双眼鏡を覗き込む。抜群の透明度のレンズには星々が輝くばかりで、輸送機の影は微塵もない。星見て涙する歳じゃないんだよ。
「早過ぎたかしら……」
腕時計の針は、本人が通知された到着時刻、二一三〇時を指している。車内で待つ間に滑走路の警備兵に何度か誰何され、その度にIDカードを提示する羽目になった。おのれ新入りめ、少尉殿を待たせるとは何事か。そうでなくとも形式上とはいえ、あいつは俺のメイドだのに。普段は完璧なくせして、肝心な時に限って煩わせる。上空から航空機のエンジン音が襲来する毎に双眼鏡を構えたが、任務を終えた戦闘爆撃機を視界に捉えては肩を落とした。
退屈と逸りで暴れ出しそうになって三十分後、ようやく股間に響くターボファンの回転が轟いた。煮詰まった憤りに頭部が弾けそうになりながら、今度こそと双眼鏡を眼孔に引き付ける。歯軋りで視界が安定しなかったが、何とか機体の輪郭を捕捉する。ハーキュリーズにしては、随分とでかい影だ。恐らくC-17グローブマスターだろう。巨鳥が滑走路に迫り、その図体からは不気味なまで滑らかな接地を見せて停止した。民間の航空機ではあり得ない手際で搭乗員が積み荷を降ろし、続いて英陸軍と見られる兵士が続々と地上へ降り立った。武器に欠陥まみれのSA80をぶらぶらさせている辺り、SASやSBS(特殊舟艇部隊)ではないらしい。三十人ほどの兵隊が列を成して、滑走路から移動してゆく。仲間同士で頻繁に会話している様子が散見されているから、機内で初めて顔を合わせたクチではないのだろう。
そんなのはどうでもいい。降りてきたのがイギリス人でも火星人でも、こちとら関心なんぞからきしない。腹立たしく車の床に地団駄踏み、熱した血の冷却に車外へ飛び出す。と、英兵の最後尾に大分遅れて、小柄な人影がタラップを軽快に跳び降りる。幅が身体の二倍あるベルゲンを猫背気味に背負い、理想的なスタンスで滑走路を数歩行くと、グローブマスターの機内へ向けて大手を振った。可愛いというのは、時として罪だ。むさい男では誘えない油断が、あいつに掛かればちょっと口角を吊るだけだ。その彼女と、望遠レンズ越しに視線が合った。ほうら、ずるい。憤懣がすっかり失せてしまった。いかついライフルケースを片手に無邪気なものだ。空いている手でカービンを抱え、少女はこちらへ駆け寄ってくる。見て、すっごく良い笑顔!つくづく甘い自分に辟易したが、ともあれあの子はこちらの世界へ乗り込んできてくれた。今はその事実を快く受け入れ、ここに至るまでの努力を称賛してやるのが上官の責務だろう。
だぶ付いた戦闘服はサイズの合ったものがあつらえられ、再三の洗濯で使用感が溢れている。そのくせやっぱり顔は日焼けせず、従順な微笑みを湛えたままだ。主人まであと三歩のところで彼女は姿勢を正し、社交界の令嬢もかくや、手慣れた所作で砂色のベレーを被り、見事な敬礼を披露する。
「お待たせ致しました。ブリジット・クラプトン上等兵、只今より第二二SAS連隊へ配属となります」
形式なんざ知るものか。力の限り、愛しい新兵を抱き寄せる。真新しいベレー帽が、涙で揉みくちゃになった。
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