The S.A.S.【10-5】

 払暁を前に、車輌の隠蔽に都合の良い自然物を探しに掛かる。偵察バギーを駆るオスカーが、左右を深い渓谷に挟まれたワジ(涸れ川)を発見し、他の住人の痕跡がないのを確かめる。干上がった河床は常に日陰があり、明け方の時分では寒いくらいだ。急激な豪雨の気配はなく、家畜が産み落とした糞の臭いもしない。満場一致で、その日の宿が決まった。

 車輌に偽装を施して寝床を設け、一時的な便所を掘るのに十五分と掛からなかった。最初の見張り二人を選定して一眠りすると、夢も見ない内に時分の見張り番が回ってきた。寝床から偽装ネットの外縁へ腹這いで移動し、双眼鏡を構える。昼間の太陽が眼下の生命を拒絶し、乾燥した大地が見渡す限り続いている。動くものは何ひとつなく。夜はあった霧散していた。環境保護団体は嘘ばかり吹聴する。北京の大気が汚染され、ロンドンの川にヘドロが流れているのは事実だ。それでも、我々は青空なんか欲しくない。二一世紀の澄んだ空気の下に、平和な国などないのだから。

 ひと月前の遊撃任務と、何ら変わりはない。日中に双眼鏡の静止画を眺めて過ごし、夜間に敵が拠点を造りそうな場所の付近へ移動する。NVGの不鮮明な視界で車輌を走らせていると、本部が無人機による敵拠点の発見を報せる。晩を使って指定座標の付近まで移動し、敵と目と鼻の先で野営する。次の夜に勢力の規模を査定し、本部へ指示を仰いで更に一日待つ。この一日が要らない。そして大概、次の夜で敵拠点に襲撃を掛ける。死の危険を顧みず渇望した特殊部隊の生活に、興奮を抱けなくなっていた。作戦の秘匿性からブリジットの現状は通信で窺えず、見張りに就いていない時は睡眠薬で脳を黙らせた。

 夜になると、連隊の中で浮いた自覚はことさら強まった。寝過ぎで気だるい自分に反し、仲間の殺気立った空気に股間が萎縮した。誰もが陰謀論と姿の見えない敵を抱え込み、やり場を失った苛立ちがその血中を巡っている。任務と仲間の死を楯に、彼らは憂さ晴らしの矛先を求めていた。幸と見るべきか毎晩の仕事には事欠かず、作戦本部は特定済みの敵キャンプを我々に報せ続けた。

 テロリストにとって、日没は悪夢の顕現に等しかった。事前に得た情報を元に襲撃計画を構築し、攻撃車輌が砂漠の闇を疾走する。寝静まった敵地を四輪駆動の巨獣が取り囲み、ヴェストの合図で怒濤の攻撃が火蓋を切る。狙撃なんて穏やかなものではない。初めから車輌に搭載した重機関銃と擲弾発射器が火を噴き、キャンプ中央に駐まる改造トヨタが無惨な姿で宙を舞う。辺り一帯で悲鳴と嬌声が上がり、テントが爆風に炎上する。アッラーへの叫びが充満する光景に味方は悪態を垂らし、更なる蹂躙を展開した。

 襲撃から数分後も経つと、敵キャンプは地球上から消え去っている。過去にテロリストが居住していた座標には、瓦礫と死体があるだけだ。怒気の冷めやらぬ味方が死体を不必要に追撃し、書類や情報端末の一切合財がランドローバーへ積み込まれた。用済みのテントと死体には火を放ち、寝床を求めて残骸を後にする。傭兵まがいの十字軍もかくや、ヒトが壊れかけた第一六小隊の通行後に、えせジハーディストは例外なく皆殺しとなった。謀略に殺された仲間の仇討ちと称した復讐が、彼らへ捧ぐ哀悼でなかったのは確かだ。

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