第3部 第19話「亜空間への扉」

「……。」

勇一は無垢の暗闇の中に堕とされていた。

……赤い鮮血が滴る心臓が並ぶ、部屋の光景が浮かび上がる。

この光景は、どこかで見たことがあるような。

だか、その疑問を発する為の声は出ない。

その光景を思い出すことが出来ないまま、意識が遠のいてきて……

ナイフを手にした男と、ベッドの上で横たわる希里花の姿が見えたところで、意識は終焉を迎えた。



*******




数分前




理解した。

この家で、悪しき習慣を身につけた心臓の亡者によって殺された少女たちはほぼみな心臓を抜き取られ、身体は硝子へ閉じ込められてしまうのだと。

そして、希里花はそれを見て怒りを覚えた。

たしかに勇一はこれまでに何回も死んだことがあり、その度に生き返らせてきた。


だが今の状況では、男を倒す気力は愚か、少女たちを生き返らせるような魔力も到底残ってはいない。

そうだとしたら、掛ける他ないだろう。

覚悟を決めた時、彼女達の手足は既に拘束されていた。

「――――っ!?」

胸元に、裂けるような痛みが奔る。

当たり前だ。心臓にナイフを突き刺されているのだから。

溢れ出る真紅の液体、それは混沌としたこの状況に桁外れの危機を知らせる。

崩れ落ちていく身体。

希里花は余力を振り絞ってその名前を読んだ。

「加賀谷くん――」


*******


「――!?」

扉を開けるべくノブに触れた勇一は、突然の不安感に苛まれ顔を見上げた。

「どうしタんですカ?」

早咲の眷属は勇一の様子に気づき、声を掛ける。

「なんでもない、早く行こう。嫌な予感がする。」

勇一は言うと、扉に手をかけ、恐る恐る中へ入る。

「誰も……いない?」

部屋の中には誰もいなかった。

だがこれはおかしい。

なぜ先程いたはずの少年が姿を消しているのか?

それは分からない――


――瞬間、背後に気配を感じて、振り向く。

今にも振られそうな剣がそこにはあり、勇一は眷属を突き飛ばすと間一髪で攻撃を交わした。

「あー、しくじっちゃったかー。汚物は早めに消毒しておきたかったのに」

姿を現したリーブが、涼しげな表情でその剣を拭きながら言う。

「ま、いまので分かった事だ。僕は完敗だよ。もう攻撃はしない。何か一つだけ、言うことを聞こう。……さあ、何がしたい?」

意図が読めなかった。

「……どういうつもりだ」

勇一が問うと、彼はため息をついてからもう一度口を開く。

「どういうつもりも何も、君たちはこの屋敷に、何かをしに来たんだろう?ほんのちょっと悪いことをしちゃったから、お詫びになにかしてあげようと思って」

もちろん勇一は、この部屋での一部始終を知らない。

だが彼には、一つだけ気がかりなことがあった。


「……希里花たちはどこだ」

勇一が口にしたそれは、リーブと戦ってはいたものの、この部屋に姿の見えない彼女たちのことだった。

「それが君の『したいこと』かい。……なら、特別に案内してあげようか。」

彼が言った瞬間、勇一の足元に巨大な魔法陣が描かれた。

「少し身体痛めちゃうかもだけどごめんね。異空間への転送はまだ見習いなんだ。」

彼が言い、手を空中へ掲げると同時に、魔法陣が光りだす。

「まあ、彼女たちが今生きてるかは別問題だけどね」

そんな言葉が聞こえた瞬間、勇一の視界は暗転した。

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