17―2

 むき出しの凸凹な岩肌が、靴底を強く圧迫する。

 ここの足場は、ひどく悪かった。

 道の左右には、景色を遮る高い岩の壁。その中を、ザック達はひたすら歩く。

 視界が開いた。左右に、ようやく空の景。が、やはりそれより目立つのは、土の色。

 緑の少ないこの山は、草原の代わりに赤茶色の砂、樹木の代わりに細く延びる石柱が大半を占めていた。

 イベント会場は、この山道の先にある、岩の塔という巨大な一枚岩の上だった。

 アクセスルートは三ヶ所あり、ザック達が居る道が一番近道なのだが、人の気配はまるでない。


「こうしてフムリダの山中を歩くのは久しぶりです」


 息を切らし、ザックは言った。

 俺も、わたしも、という声が後方から続く。


「ぼ、ぼくも!」


 一際大きく、依頼者キラの声も聞こえた。

 ザックは注意を促しつつ、前を見て前進する。

 護衛の役目…… それも実に久しぶりだった。

 いつもは護衛を依頼する立場なため、もどかしさと不馴れさにどこか落ち着かない。


(そういえば、護衛もあの時以来か…… たしか、ビンズって言ったっけ)


 ファンクス湖畔の出来事を思い出し、疲れを紛らわす。

 その間、皆は無口だった。マティスもいつになく真剣な面持ちで歩いている。山道とは言うが、ほぼ無秩序な道のりである。真剣になるのは必然だった。とはいえ、ここまで無心になるのには、他に理由があった。


「……あ、また来ましたよ!」


 キラの声と共に、青い空。そこからザックたちを黙らせる理由がやって来る。

 全長約一五センチ。棒状の体で素早く宙を飛び交うのが特徴の〝スカイフィッシュ〟という生物である。羽根はオリハルコンが変化して出来たものとされ、非常に鋭利。獲物をそれで切り裂き、群れで補食するという、恐ろしい害虫だった。

 この生物が多いため、この山道はあまり人が訪れないのだ。


「……ラーソさん、キラさんは岩の陰に隠れてください」


 ザックは、数え切れないほどの大群の中に思念波を放ち、少しずつ撃ち落としていく。

 マティスはひたすら無言に努め、無数に迫るスカイフィッシュを切り落としていた。

 だいぶ数が減ってきた…… 空を見てそう感じたザックだが、直後、再び空を覆う群れを見ることになる。

 これほどの数、異常である。

 マティスのため息が聞こえた。ザックもまた、げんなりとした息を風に乗せ空に吐く。


「ここは任せる。俺は一気に決めにいく」


 言うに早いが、マティスは駆け出す。

 ザックもいよいよ本気になる旨を決める。大きく息を吸い、身を半霊……


「面倒そうだな。この俺が加勢してやるぜ」


 半霊化、とはいかなかった。

 軽々しい言葉と共に、後方から急に男が飛び出してきたのだ。両手にグローブをはめたその男は、スカイフィッシュ撃退になぜか加わる。

 男の後ろ姿は思念波を放ち、どんどん上空の驚異を撃退していく。

 背中合わせにザックも討伐していく。

 最中、わずかに鼻先に風を感じた。コーヒーのような、香ばしさを纏った風だった。

 どこか見知った感のある状況、しかも、見覚えがあるような、左右に別れた茶と白の髪に思いを巡らせる。

 と、ついに残ったスカイフィッシュは恐れをなしたか逃げていく。

 危機は去った。身の硬直も解けていく。

 加勢した男は依然、振り向かない。

 ザックは、背中に向かって礼をし、名を聞いた。

 返事が一つ。高く打ち鳴らされた、指の音。


「久しぶりだな。我が心の師匠よ」


 この物言い、そして、飄々としたこの態度。いよいよザックの既視感は濃くなっていく。


「ビンズ…… さんですか」


 ゆっくりと振り返った姿は、案の定、以前ファンクスの湖で知り合ったビンズであった。だが、以前感じられた頼りなさは無く、むしろ凛々しい雰囲気があり、別人の様を思わせる。


「あれから鍛え直したからな。それと…… 守るべき者がある強さってやつか」


 不敵な笑みがザックの瞳に広がる。

 どうやらビンズも、イベントに参加するため登山しているらしい。

 腕試しにわざわざこの危険な山道を選んでようだ。


「驚いた。明日駆みたいな奴だな」


 向こうで一部始終を見ていたらしいマティスが、来て早々驚きの声を上げた。

「俺みたいにイカした奴が二人も居るとは驚きだ」 ビンズの茶化しがすぐ返る。

 雰囲気は変わっても、相変わらずのお調子者のビンズに、自然とザックも笑顔になる。


 その後、岩陰に隠れていたラーソも、キラと一緒に戻ってくる。

 ビンズとのせっかくの再会も、すぐに別れの時が。

 会場まではもうすぐ。護衛の範囲はここまでだった。


「マティスさん方、ここまでありがとうございました。会場で何かあればすぐに来てくださいね。本当はまだ来てほしいんですが…… あ!」


 なにかを閃いたか、話す最中にキラは、上を向いた左掌を右の拳でポンと叩き、


「ここからはビンズさんに護衛をして貰います。彼も出来る人っぽいので」


 なんともすっとぼけた言葉を重ねた。

 当のビンズは、流石というべきか。失礼な言い回しにも聞こえた〝出来る人〟の発言を、極限まで良い方に受け取ったらしい。拳を打ち鳴らし「俺がいれば一〇人分のおつりが来る」と息巻いた。

 ザックは流石に心配になるが、実力は本物だとし、ビンズを信じることにした。会場ではスカイフィッシュ以上の驚異も現れないだろう予想もあり、ここはきれいに別れることに決めた。


「あ、そういえば。守るべき者って誰なんですか? さっきそんなことを言ってたような……」


 ザックは最後に疑問をぶつけた。

 ビンズの瞳は輝いている。よほど聞かれたのが嬉しかったのだろう。


「今回のイベントの主役、クロンちゃん! 俺の心のお姫様さ――」

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