第63話 会議室-1

 報告を上げに行ったベルモンドさんが戻ってくる。何やら、後ろにぞろぞろと引き連れている様子。

「待たせてばかりで申し訳ない。それと先程の件で、謁見の間の使用は控えることとなった。会議室を用意している、そちらの方に移動して頂きたい」

「公式ではなく、非公式の訪問という態を?」

「そうではない。情報の流れを制限する以上、会議室という密室の方が適しているからだ。

 人払いを施し、防音結界を張った上での面会となる」

 随分と厳重な体制での謁見というか面会になるっぽい。

「精霊たちは、このまま連れて行きますけどよろしいですか?」

「その件については、既に了承済みである。構わないので一緒に移動してほしい」

 僕がゴネた事が確実に効いていると判断しても良いだろう。

「それじゃ、お前たち大人しく付いてくるように。夜霧は西の英雄を知っている以上、何か気付いたら発言してほしい」

「旦那様のお願いなら仕方ないの」

『妾らと扱いが違うのじゃ』

『主にも考えがあるのだ』

『吾輩らは主殿の判断に従うまでよ』

 聞き分けが悪いのはオンディーヌだけ、と。


 応接室に居座っていた面々は、会議室へと移動することになった。会議室はそう離れた所では無かった為、直ぐに到着してしまう。

「中には既に魔王様と宰相、側近の参謀らが集っています。くれぐれも失礼のないようにお願いいたします」

 ベルモンドさんは一言注意を促した後、扉に手を掛けた。会議室の大きな扉が開かれる。


 跳ね橋の手前で立ち往生している時に観た宰相の姿がまず目についた。その隣の椅子に腰掛けているのが、魔王様だろうか?

「やあ、やあ、いらっしゃい。初めましてだね」

 なんだろう、この軽いノリの人物は? ちょっと待って、本当に魔王なの?

 冒険者ギルドで聞いていたのは、豪胆な性格という話だったはずだ。僕はてっきり、質実剛健な御仁かと思い込んでいたのだが……。

「魔王様、そのような態度ではお客人が困惑するだけですよ。御覧なさい」

「叔父上は相変わらずですね。アキラ、この方はいつもこうなのだ。割り切ってしまえ」

 クリスさんはそう言うけど、どういう態度で接するのが正しいのだろうか。

「皆様、どうぞ席へ着いてください。会議の準備を始めたいと思います」

 側近らしき人物、杖を手にした男性が僕たちに着席を促す。結界を張るというのだろう。


『主、上に、天井に魔族がいる』

 ジルヴェストの声と共に、何者かが存在するであろう位置が示された。僕は天井を仰ぎ見て、指差して発言する。

「そこに魔族の何者かが潜んでいると、僕の精霊が警告しています」

 会議室に居る全員の視線が、僕の指し示す先へと向けられた。宰相が頷くと、ベルモンドさんは部屋の外へと走り出していった。

『捕まえたのじゃ、早く引き取りに来て欲しいの』

 は? 僕は捕まえろなんて言ってないよ。

「こちらのオンディーヌが捕まえているので、早く引き取って欲しいそうです」

 気を利かせて捕捉したということにしておこう、考えるだけ無駄だ。

「我々の不徳の致す次第でありますが、素早い対応に感謝いたします」

「叔父様と争った魔王候補は未だに暗躍なさっているご様子ですね」

「恥ずかしながら、国も一枚岩という訳ではありませんのでね」

 政治の問題だ、捕まえてしまったのは拙かったかもしれない。どうかこちらに、目が向けられませんように。


「ベルモンドが戻らない限り、結界を張ることも出来そうにないな」

「そうですな、またしばらくお待ちいただけますでしょうか?」

 魔王様と宰相は困った顔をしていた。

「な~に、やっとここまで来たのです。待たせていただきますよ、叔父上」

 状況がいまいちの呑み込めないけど、余計な口は利かない方が良さそうだ。


「では、先んじてあれを進呈いたしましょう。ダイモンさん」

「了解した、当主殿」

 なんだ、何をする気だ? ダイモンさんは腰にぶら下げた袋から、両手に収まる程度の箱を取り出した。その箱を受け取ったティエリさんは、宰相に手渡した。

「これは試作品です。アキラさんの発想を私達の集めた技術者で実現してみました。

 見た目も実用性もいまいちの品ではありますが、試作一号としては悪くないでしょう」

 まだあれから数日しか経っていないのに、形にしてきたと? 箱の大きさを見れば、腕輪サイズであるのが分かる。

「ほう、以前話していた腕時計とやらか。これは驚いた、よもやこの大きさにしてくるとはな」

「この発想の元が、そちらの少年だというのですかな」

「ええ、その通りです」

 ティエリさんやダイモンさん、それと技術者の皆さんの努力の賜物であって、僕が凄い訳ではない。

「金の成る木、ということだな?」

「否定はしません。例の件も含めると、それはもう何物にも代え難いかと」

「要するに、この兄妹は大切に扱えと言いたいのだな?」

「然り」

 ティエリさんはエルフの件をも持ち出したと考えられる。その上で、僕たちの立場を守ろうとしてくれている?

 駆け引きが上手いな、伊達に貴族ではないということだね。


「クリス、あれが私とダイモンさんとの成果のひとつだ」

「冒険者ギルドの仕事を放置していた理由ですか。ひとつと謂うのであれば、まだあるのでしょうか?」

「さて、どうだろうな」

「お兄様は秘密が多すぎます。私は心配したのですよ!」

 従兄妹同士の掛け合いは置いておくとして、二つ目がエルフ絡みであるは明白だろう。十中八九、豆なのだろうとは思うけど。


「遅くなりました! 件の人物の調査は、親衛騎士団及び憲兵団に任せております」

「ご苦労であった。早速だが、結界を頼む」

 ベルモンドさんが戻って来た。そして結界が張られる、防音結界だけでは無さそうな感じがする。

『この部屋を一個の空間として、他から隔離しておる』

 僕の謎は夜霧が解いてくれた、頭の中に図解で示される。分かり易い。

 だから、ベルモンドさんの帰りを待っていたのか。


「それでは改めまして私、宰相のマグニス・フロイゼルが進行役を務めさせていただきます。

 まずは森のエルフについてのお話しといたしましょう」

 宰相の名前は覚えておいた方が良いのかもしれないけど、僕の周囲の騒めきが気になって仕方がない。エルフの件を知らないのは、クリスさんとアメリアさんだ。

「アキラ、どういうことだ? 私は知らんぞ」

「エルフの件は極めて政治的なお話なので、ティエリさんにお任せしてあります」

「クリス、黙っていなさい」

 ティエリさんに窘められて、クリスさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。この件に関しては大方話し合いが済んでいるようなので、黙っていて欲しいというのは分かる。


「大部分の話は決している。彼らを迎える用意はできた、元老院議会でも承認は得られている」

「この件はご兄妹の肝入りのお話であるが故、承認が得られたということを嬉しく思います」

 ティエリさんが早い内から根回しをしていてくれて、本当に助かった。

「迎合するにあたり、使者を送らなければならない。誰か当ては?」

「はい、こちらのダイモンを使者として向かわせるのが適当かと思われます。

 彼は兄妹と共に、あの森を抜けてきた実績があります。また、エルフの集落にて兄妹と共に交渉に従事しており、最適任かと判断いたします」

「そうか。では、ダイモン、其方はこの推薦に納得していると?」

「はい、異議はございません」

 話し合いは順調そのもの。ここまでシナリオ通りの茶番じゃないよね?

「それでは時期をみて、正式に使者として送り出すこととしよう」

 エルフの一件はこれで完了したとみて良いだろう。

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