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「夏、私の顔が見える?」

 遥が笑いながら聞いてくる。

「見えるよ。よく見える」

 夏の視界は涙でぼやけている。でも、そんなこと関係ない。私には遥の顔がきちんと見える。嘘じゃない。強がりでもない。それは本当のことだ。

「私にも夏の顔が見えるよ」遥が言う。

「すごく可愛い顔。私の世界でいちばん好きな顔だよ」にっこりと笑って遥が言う。

 瀬戸夏は鏡が嫌いだった。自分の顔が嫌いだったから。自分の顔が見たくなかったからだ。だから夏は普段から鏡を持ち歩かない。鏡を必要としない毎日を過ごしていた。

 そうやって、できるだけ自分の顔から視線をそらしてきた。でも、そのことを夏は後悔している。自分の顔が見たい。素直な気持ちでそう思った。私は私の顔が嫌いじゃない。その顔の形を隅から隅までちゃんと記憶しておきたいと思った。(写真だって一枚も撮ったことがない。でも今は何万枚でも撮りたい気分だ)

 遥の見ている私の顔が見たい。私の素顔を確認したい。

 遥が世界で一番好きだと言ってくれた顔を、自分の目できちんと確かめたいと思った。ちゃんと受け入れて、認証してあげたいと思った。夏は思いっきり遥を抱きしめる。遥も夏を優しく抱いてくれる。

 すると世界から不思議と音が消えた。


 空の中。二人の少女。

 その空で、瀬戸夏の十五年分の感情が大爆発を起こした。(それはお祭りの夜に見る、とても綺麗で印象的な色彩の鮮やかな花火のような爆発だった)その空の中に、たくさんの涙と一緒に、とても大きな声で、瀬戸夏の泣き声が、まるで生まれたばかりの赤ちゃんの泣き声のように、産ぶ声のように、なにもない透明な、青色の大気中を伝って、世界中に響き渡った。

 それは二人の幸せの門出を祝福する福音のような音だった。

「相変わらず手間がかかるね、夏は」優しく夏の頭を撫でながら、嬉しそうな声で遥が言う。


 これが二人の出会い。夏と遥の(本当の、素顔のままの)初めての出会い。本当の出会い。

 なにもないからっぽの空の中で二人は出会う。(もう一度出会い直して、再会をする)夏の泣き声はやまない。いつまでも、いつまでも夏は泣き続けている。まるで泣くことが夏の今、いちばんしなければならないことのように、(それが夏の使命のように)泣き続けている。

「会いに来てれて、ありがとう夏」遥は言う。

「本当にありがとう、夏。ようやく私たちは本当の友達になれたんだね」遥の目にも、いつの間にかたくさんの涙が浮かんでいた。

 夏が泣いている間も、(そして遥が泣いている間も)ずっと、二人の手は繋がっている。

 愛が、二人を繋いでいる。


(それはきっと、永遠に離れることのない、本当に宇宙で一番強い力を持った現象なのだ)

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