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 休憩を挟んで議論は続いた。

 遥がこんなに長く夏とのあまり生産性のない、いわゆる世間話的な会話に付き合ってくれたことが今までなかったので、夏はとても嬉しかった。

 遥はどんなときも仕事をしながら一日、二十四時間の生活をしている。頭の中の数十%くらいは(もちろん正確な数字はわからないけど)ほかのどんな作業をしていても、そのプライオリティーの上位にある思考の動きを一瞬も止めない。ずっと価値を生み出し続けている。

 インプットとアウトプットの絶え間ない連続。時間と、世界と戦っているのだ。今日のようにリラックスしている遥は本当に珍しい。一年に一日だけの休息日。木戸照子の誕生日。世間でいうところのクリスマス。奇跡の日。奇跡の夜。奇跡の時間。

 だからこそこうして私の話を聞いてくれる。私のために、コーヒーだって淹れてくれる。


「遥はさ、神様って信じてる?」新しいコーヒーを飲みながら夏が言う。

「信じない」遥は即答する。

「でも、奇跡は信じてるじゃん」

「奇跡と神様は全然違う概念だよ。神様はもういない。人類はもう、神様を必要とはしていないよ、夏」コーヒーを飲みながら遥は言う。

 なかなかの問題発言だ。神様はオールクリエーションだよ、と夏は頭の中で言う。

 もっとも公の場所では遥もこんなにはっきりとは言い切らないだろう。神様が死んでしまったことは(人に殺されてしまったことは)みんな本当は知っている。ただその死を受け入れる準備がまだできていないだけ。その失われた存在があまりに大きかったから、その事実を現実の出来事として、すぐには受け止められないのだ。

 それはそれで構わない。誰かが亡くなったとき、その死をすんなりと受け止められる人は少ない。(というか、たぶん、いない)

 だから焦ることはないんだ。ゆっくりでいい。時間をかけて納得すればそれでいい。それぞれの人がそれぞれ自分の胃袋の中でじっくりと消化をしていけばいいんだ。



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