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「夏は外の世界から来たんだよね?」澪が言う。

「そうだよ。ずっと遠くから来たんだ。黙っていなくなった友達のために、こんな遠いところまで、本当に苦労をして、一年も時間をかけて、一人で歩いて、わざわざ会いに来たんだよ」そう言いながら遥を見る。

 遥は椅子の上で背もたれに背をつけて体育座りをしている。体を丸めたまま、ぼんやりと上目遣いで夏を見ている。虚ろな眼差し。珍しい表情。オフの遥はいつもこんな感じなんだろうか? とにかく遥は夏に無関心だ。

「夏はいったいどこから来たの?」それはもちろん夏が世界のどの場所から来たのか? という意味の質問なのだけど、澪の言葉が足らないせいで随分と哲学的な質問に聞こえた。むしろ夏が澪に聞いてみたいくらいだ。夏は澪に自分の住んでいた街の話を少しした。すると思いの外、澪は夏の話を喜んでくれた。

「僕、もっと外の世界の話が聞きたいな。なにかお話ししてよ。いいでしょ?」澪は遥に目線を向けた。しかし遥は澪にも無関心だった。でもそれはいいよ、という返事の代わりなのだろう。だめならだめと遥は言う。はっきりと言う。

「澪は外の世界に興味があるの?」

「うん。僕は世界中を旅してみたいんだ。いろんな国の文化を体験してみたい。その国々で暮しているたくさんの人たちに会いたいんだ」

 少年らしい夢を澪は語る。なかなか好奇心があってかわいい少年だ。それは澪が学習によって獲得した個性なのだろうか? それともただの模倣なのか?

「でも遥がだめだって言うんだ。ここにいなさいって。だから普段は情報を見て、情報を聞くことしかできないんだ。いろんなことに興味があるのに、それに実際に触ったり、実際にその場所へ行ったりすることが全部禁止されているんだよ。どんなものか興味があるのにそれを本当に感じ取ることができないんだ。それって、とても悲しいことだよね」

 澪はなんだか遥が言いそうなことを言う。



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