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その日、私はどんな服装をしていたっけ? 遥の服装は? 出会ったあとで、私たちはどんなお話をしたんだっけ? ……やっぱり思い出せない。
こんなに大切な思い出なのに、今はもう完全には覚えていない。それは、どこかに消えてしまった。なくなってしまった。
(夏の中にある思い出はどんどんと現在進行形で消えていく。こんなに大切な(宝物みたいな)思い出なのに、夏の頭脳では完全に記憶を止めることはできない。あらゆるものは(時間の経過とともに)劣化する。そして、やがて消えてしまうのだ。……実際に、遥との出会いの完全な記憶は、すでに夏の中から永遠に失われてしまった)
……こんな風にして、遥が私を忘れたように、私もいつか遥のことを忘れてしまうのだろうか? そんなこと絶対ない、とは言い切れない。夏はそれほど自分自身のことを信用してはいなかった。大切なものは、いつの間にか全部なくなってしまった。夏はそうして、七年の時間をかけて、『本当の』、一人ぼっちになった。
「うん」
小さな声で遥が返事をしてくれる。
とても静かな時間。遥の体は暖かい。普段はあんなに冷たくて素っ気ないのに、今はこんなにも暖かい。遥に会えて本当によかった。それだけできっと、私の人生は報われた。
「ありがとう」
「なんのありがとう?」遥の口調はとてもやさしい。
夏は考えてみる。いったいなんのありがとうなんだろう? 答えは自分でもよくわからない。
そのまましばらくの間、夏が黙っていると、遥が夏の顔に自分の顔を近づける。
夏と遥は見つめ合う姿勢になる。遥の手が夏の頬に触れた。手が冷たい。いつの間にか遥は手袋をとっていた。夏は静かに目を閉じる。それは始めからすべてが決められていたかのような自然な動作。動き。まるで神聖な儀式のように淀みがない。抵抗がない。
やがて遥のおでこと夏のおでこがくっついて、二人の動きが一瞬止まる。それから引き寄せられるようにして、二人の唇がそっと優しく表面だけで触れ合った。それは夏の初めて経験する口づけ。初めてのキス。遥とのキス。
遥の唇はとても柔らかい。
初めて恋をした相手が遥でよかったと夏は思った。
遥と夏。二人が一つになる。
まるで最初から一つだったかのように、お互いの意識が混ざり合う。
世界は真っ白な色に染まっている。
音は無音。なんの音も聞こえてこない。
たまごのようなドームの外側では、今もしんしんと雪が降り続いている。
白い繭のようなドームの内側には、残酷な世界から逃げ出してきた、孤独な二人の少女がいる。
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