Versprechen -後編-

ガタッ

鎧戸が立てた音に、びくりとして顔を上げた。

目の前には、暖炉の炎が揺れ踊っている。

夢……

だが、うるさく騒ぎ立てる鼓動も、息苦しさも頬を伝った涙も、現実の感触。

とにかく、早く帰ってきて欲しい。

一刻も早く、無事な姿を見せて欲しい。

切実にそれだけを願った。


その時ふと、玄関で物音がして、また鼓動が跳ね上がった。

慌て立ち上がりかけて、凍りつく。

やっと抜け出した悪夢とあまりに似た感覚。

確かめるのが、怖い。

それでもじっとしていられなくて、数瞬おいて、すぐに覚束ない足取りで玄関に向かった。


声がした。

別の地区で奉仕に当たっていた、司祭が帰ってきたのだった。

安堵と落胆が混じり合った嫌な感覚が胸を去来し渦巻いた。

部屋の戸口で立ち尽くしていると、

出迎えた修道女シスターに上着を脱いで荷物を渡した司祭と目が合った。

「おや、起こしてしまったかな?」

問われ、首を振る。

「じゃあ、まだ起きていたのかい? こんなに遅くまで……疲れているのだろう?

 無理はよくないよ。それとも眠れないのかな?」

暖かくやさしい笑顔を向けられて、何も言えず俯いた

「どうかしたのかい?」

「……なんでも、ないんです……」

優しくされると、なぜだか居た堪れなくなって

おやすみなさい、と告げて暖炉の前に戻った。

毛布に包まって、座り込む。

ただ、薪が爆ぜる音を聞き、炎が踊るのを見つめて。


クリスマスまでには帰るから――


彼の声が、何度も胸の奥にこだまして。

「早く、帰ってきて……」

約束をした。

だが、そんなことは、もうどうでもいいから、とにかく逢いたい。

嫌な夢も、不安も、杞憂だったと、思わせて欲しい。


時間は、ひどく曖昧な歩みを見せていた――。









寒さが和らぎ、温かなものに包まれている気がして、はっとなった。


目を開くと、片側だけが開いた鎧戸の、窓の向こうに白い光。

一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて、記憶をめぐらせる。

ここはどこだろう?

暖炉の前に座っていた。それから、扉を叩く音がして……

不安に押しつぶされそうな胸のうちがまた、酷く騒いで。

夢と現実の境界はあまりに曖昧で。


何がどうなったのか、わからない。

ただ、彼がいない。

抗い難い喪失感に、思わず涙がこぼれた。

「ふ……ぅ……」

堪えても、嗚咽が漏れるのを止められない。

寂しい。怖い。不安で、心細くて、苦しい。

こんなにも、逢いたいのに。

「――どうした? 怖い夢でも見たのか?」

唐突に、声をかけられ本当に吃驚した。

横臥した自分を、後ろから優しく抱きしめる腕がある。

そして、聞き紛うことなどあるはずのない、声。

反射的に身を起こして振り返ったそこに彼はいた。

気遣うように様子を伺い、だがすぐに、悪戯っぽい笑みを浮かべて

「ただいま」と。

「おかえり……なさい……」

咄嗟に答えて、戸惑いながら手を伸ばした。

確かめるように、前髪に、頬に触れて。

その指先を、強く、優しく包む手。

言葉は声にならなかった。


自分は一体どんな情けない顔をしてしまったのだろう。

彼の、少し傷ついたような笑み、

優しく抱きしめる腕。

すぐそばで感じる鼓動と息遣いは、紛れもない現実で。


彼は小さくゴメン、と囁いて

微笑んで、キスをして。


約束の日は、1日過ぎている。

だが、そんなことは、もうどうでもいい。

無事に帰ってきてくれた。

それだけで、辛かった全てが、既に大したことではなかったように思えて。


そばにいるよ――


幼い頃に交わした約束。

それが、永久のものではないということくらい、分かっている。

ただ無邪気に、そんな約束を振りかざせるほど

もう幼くはない。

けれど、それでも、どうか――


何度でも、願う。


これからも、ずっと――



Fröhlicheフローリッヒェ Weihnachtenヴァイナハテン!

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