LH探検隊

大木 奈夢

第1話  カップルズホテル

「ねえ、美鈴。貴女カップルズホテルって、行った事ある?」

 いきなり絵里が変なことを訊いてきた。

「絵里、そのカップルズホテルって何なの?」

 私は飲みかけたやや小さめのコーヒーカップを、もう一度テーブルの上に戻しながら不審げに問い返す。

 絵里の言っていることは何となく分かってはいたが、あまりにも唐突な質問なのでそう確認せずにはいられなかったのだ。

 私達の間には、先程飲みかけていたエスプレッソのほろ苦く香ばしい香りがほのかに漂っている。

「いや~ね、美鈴。ラブホのことよ。だけどラブホじゃ、あまりにも生々しいでしょ。そんなの常識じゃない」

 テーブルに両肘をついて手の甲で頬を支えながら私の顔を挑戦的に覗き込んでいた絵里は、そのときだけ少し言いにくそうに視線を逸らせた。

 私達の席のすぐ横にある窓の外には、大きな桜の木が見える。先週までは見事な花を咲かせていたはずだった。それが今では葉桜となっていて、鈴なりの若葉をさざ波のようにゆらゆらと漂わせている。その向こうには四階建ての白亜の校舎が、緑とのコントラストよろしく厳粛な佇まいを見せていた。

 そう、ここは大学構内のカフェテリアである。女子二人がお茶をしている時にするような会話ではない。

「そんなのある訳ないじゃない」

 絵里が何を言いたいのか分からないまま、素直な返答をする。もっと気の利いた返事があったのかも知れない。しかし今の私には、これ以上この場に相応しい言葉の選択肢を見つけることはできなかった。

「そうよね。美鈴は男嫌いだものね」

 そう言われることは、ある程度予測をしていた。予測はしていても、あまりいい気分とは言い難い。

『男嫌い』という言葉が、何となく『変態』と同義語のように感じられるからだ。私の場合『男嫌い』ではなく、単に男性が怖いだけである。女子校だったことが影響しているのだと思う。絵里には全然当てはまらないけれど。

 そんなことよりも、私達はこの四月に大学に入ったばかりの十八才なのだから、行ったことがなくても当然だと思っている。逆にこんなことを訊いてくる絵里は、行った事があるのだろうか。親友だと自負する私が見る限りでは、いくら発展家の絵里でも、そこまでの事は無さそうに思うのだけれど……。

 私と絵里は、見た目も性格も、ついでに言えば、あらゆる面で正反対だった。派手で社交的な絵里と、地味で内向的な私。それでも何故か不思議と馬が合い、高校時代からの親友なのである。

 同じ大学に進学しようと二人で相談した結果、偏差値が両方共合格ラインの、この大学を選んだのだ――人間総合科学などという訳の分らない学科を。

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