第2話 物で釣らないでほしい

「……?」

 僕はきつく閉じていた瞼を開いた。

 目の前にいたライトニング・スプライトは、いなくなっていた。

 その代わりに、ライトニング・スプライトがいた場所に小石が落ちていた。

 僕が小石に注目していると、斜め後ろからくすくすという笑い声が聞こえてきた。


「人気者だねー、シルカ」


 僕は声のした方に振り向いた。

 五歩分ほど離れた位置に、男物の魔術師のローブを身に着けた金茶の髪の女が立っている。

 彼女は微笑ましげな表情で、僕のことをのんびりと見つめていた。

「こんなにスプライトに群がられてる人なんて見たことないよ。シルカ、スプライトを集める才能があるんじゃない?」

「フラウ!」

 僕は彼女の名を叫んだ。

「僕を護衛するって言っといて何処に行ってたんだよ! お陰でこっちは死ぬところだったんだぞ!」

「いや、大きなウォーター・スプライトがいてさー。良質の核が採れるかもって思って追いかけてたら、いつの間にか森の奥に入っちゃってたみたいで」

 ウォーター・スプライトとは、天候が雨の時に発生する魔物で、ライトニング・スプライトと同じスプライト族の仲間だ。

 雷雨の時は基本的にライトニング・スプライトしか湧かないものなのだが、雷の力が弱かったのか一緒に湧いていたらしい。

 ……と、そんなことはどうでもいいのだ。

 僕は怒鳴った。

「これだから森に来るのは嫌だったんだよ! ライトニング・スプライトには殺されそうになるし全身泥だらけになるし、散々だ!」

「殺されるって……シルカ、大袈裟すぎ」

「誰のせいだと思ってるんだよ!」

 笑うのをやめないフラウに当たり散らす僕。

「とにかく! 何とかしてくれよ!」

「はいはい」

 フラウは肩を竦めると、持っていた杖の先端を僕へと向けた。

「ストーンバレット」

 ばん、ばぁんっ!

 杖の先端から生じた大量の石礫が、僕の体の上に群がっていたライトニング・スプライトを吹き飛ばした。

 ライトニング・スプライトは雷属性の魔物だから、弱点に当たる土属性の魔術は効果覿面なのだ。

「はい、もういいよ」

「…………」

 僕はのろのろと身を起こした。

 ああ、服がすっかり泥でぐちゃぐちゃだ。洗っただけで落ちるだろうか。

 僕の格好を見て、再度ぷっとフラウが吹き出した。

「シルカ、凄い格好」

「……もう帰る」

「子供じゃないんだから拗ねないの。はい、これ」

 むすっとする僕の傍まで来て、フラウは腰のポーチから取り出したものを僕の目の前に差し出してきた。

「ウォーター・スプライトの核。シルカ、欲しがってたでしょ」

「…………」

 スプライトの核は、見た目はほんのり色の付いたただの水晶玉のように見えるが、貴重な錬金素材なのだ。

 秘められた属性によって作れるものは変わるが、その殆どは高度な魔術の力を秘めた魔術師用の杖となる。

 ウォーター・スプライトの核は丁度在庫を切らしていたから有難い。

 僕はむすっとした顔のまま、ウォーター・スプライトの核を受け取った。

「……素材を渡せば僕の機嫌が直るとでも思うなよ」

「思ってないって、そんなこと。たまたま手に入ったから欲しがってる人にあげた、それだけのことじゃん」

 肩口でばっさりと切った髪をかしかしと掻いて、彼女は言った。

「……本当に、よろず屋の店主に納まっちゃったんだね、シルカ。灰燼の魔術師の二つ名が泣くよ?」

「……その話はしないでくれ。僕はもう魔術師じゃない。魔術師は引退したんだ」

 僕は溜め息をついた。

 額を伝って落ちる雨粒を指先で払いながら、伏せた視線をフラウに向ける。

「ライトニング・スプライトは狩ったから目的は果たしたんだろ。街に帰ろう。もうたかられるのは御免だ」

「分かったって。帰りはちゃんと護衛するから、いい加減機嫌直しなよ」

 街に向かってさっさと歩き始める僕の後を、数歩遅れてフラウが付いてくる。

 彼女は空を見上げて、あーあと声を漏らした。

「ライトニング・スプライトの核も採れれば良かったんだけどねぇ。もう少し狩ってく?」

「嫌だ。僕は早く帰りたい」

「そんなに嫌がらなくたっていいじゃない。冗談だよ」

「あんたの言葉は冗談に聞こえないから嫌なんだよ」

 アメミヤの森は、相変わらず雷鳴が轟き大粒の雨が降っている。

 雨がやむまでは、まだしばらく時間がかかりそうだった。

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