大天才サカキバラ博士への道のり3

 拝啓、天国のジイちゃん。俺ってスゲー奴だったみたい。さすがジイちゃんの息子じゃね?


***


 義父であるジイちゃんのツテでウエハラ私設研究所本部で暮らすようになって、そして研究員採用試験を受けてから一週間。古典的な方法で合格発表がされた。研究所前に張り紙がされたのである。俺はいつも通り科学防護服を着て、アイカと二人で結果を見にきた。


 僕の弟子

【ノブアキ・サカキバラ】


 僕の専属助手

【アイカ・ミタ】


 後で所属決めるよ

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 本部じゃないところ受けてみて

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 また待ってるよ

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 〜以下略〜


 掲示板前で俺は呆然とした。まず掲示物のふざけた書き方と落書きみたいに書かれた余白のペンギンの絵。次に「僕の弟子 ノブアキ・サカキバラ」の文字。


「僕の弟子だって。アイカは専属助手だ」


 誰かが「何だこれ。去年はモニターだったのに壊れたのかな」と呟いたのが耳に入った。俺のための掲示なのかもしれない。いや絶対そうだ。


「私が主席入社のはずでしたのに。ノブが首席ですね。博士に後で試験結果を見せてもらいましょう。貴方の解答に興味があります」


 隣にいたアイカの声は無機質だった。しかし俺がチラッと見上げたところにあるアイカの横顔はかなり悔しそうだった。知り合って間も無いが彼女のこんな感情剥き出しの表情ははじめてだ。


「俺って首席なの?これ」


「アンドロイドの始祖アイザック・アシモフ。世紀の天才、科学の破壊者シン・ウエハラ。その系譜を継ぐみたいですね。永遠の首席です。唯一無二の首席です」


 告げられた台詞とアイカの剥き出しの感情に俺は目を丸くした。アイカは相当悔しいようだ。唇を噛んで眉間に皺を寄せている。


「俺が?」


 ピンとこない。試験はごく普通のものだった。俺は学校にも通えず自宅学習しかしていない。奇病「過敏性光源トラーティオ症候群シンドローム」で天然の家から出られなかった。難病支援により家庭教師と教材が与えられ、定期的に試験を受けていた。結果はいつもまずまず。それで州立大卒の資格を貰ったけれど建前だと思っていた。


「私は知っています。貴方の教材は十年前からウエハラ博士が作っていました。五年前からは私も関与していました。論文の数々は素晴らしく研究が実を結んだものもあります」


 俺はさらに大きく口を開けた。


「論文?」


「論文"欲しいものシリーズ"。数学や物理、科学の未解決問題。あなたに与えられていたのはそういう問題です」


 俺に向かってから肩を竦めてアイカは掲示板に視線を戻した。


「どういうこと?欲しいものシリーズが論文?君が欲しいものっていう科学作文のテーマだろ?」


 定期的に送られてくる試験に科学作文も含まれていた。日々進歩する科学をいつか担うかもしれない子供に向けた課題。「君が欲しいものとその作り方を述べよ」というのが問題。俺はいつもドラえもんの道具をあげて、自分なりに設計を考えた。いつも沢山バツが返ってきて再提出させられていたが、俺が考えた道具の開発に必要な資料も送られてくるので楽しかった。再提出後も大抵評価は悪かった。


「そうです。お医者さんカバンとほんやくこんにゃくは類似物が試験運用されています。一番研究が活発なのはどこでもドアです。人間の移動手段が大きく変わる。問題は山積みですが無機物移動の実現自体はそう遠くない」


 掲示板の採用合否結果よりも驚いた。どれも一桁台の点数をつけられた課題だ。悔しくて俺は「未来道具設計書」として課題を続けてきた。ジイちゃんが学校に送ると何度でも採点してくれていた。


「無知とは恐ろしい!比較対象が無いから君は気づかなかったんだ。この世で勉学の話題で君と対等に話し合える人間は極限られている」


 振り返るとウエハラ博士がペンギンの着ぐるみを着て立っていた。隣に見知らぬ中年男性もいる。金髪に緑色の瞳だけど顔立ちはクマのプーさんに出てくるオウルに似ていた。人だかりに騒めきが起こりアイカがウエハラ博士を睨む。オウル男が愉快そうな笑みを浮かべた。


「好きな格好くらいするさアイカ。君も弟子だ。専属助手だからね。ノブには務まらない」


 アイカが無表情に戻った。何か考えるように少し俯いている。弟子と専属助手の違いは

何だろう。


「ノブ。ローハン博士だ。今日から君の上司で部下で世話係。アイカも引き続き世話係だからね。同期で部下で先輩で先生。師匠は僕」


「よろしくMr.サカキバラ。ローハンだ」


 握手をしたがローハン博士からあまり好意を感じられなかった。おざなりの握手。


「研究員は全員君の部下だから好きに使っていいよ。研究費もオールフリー!但し必ず研究前に企画書を提出する事。僕も環境も君にとっても厳しいからガンバレ」


 何故かウエハラ博士が体を捻りはじめた。手をぶらぶらさせて左右に体を捻るのを繰り返す。スッゲーメンドくさいコイツ。俺はその謎の行動を無視することにした。アイカとローハン博士も同じらしい。視界に入れないようにしている。


「君は俺とアイカと同じ第一研究室で働く。よろしく頼む」


 気怠そうな声を出してローハン博士がひらひらと手首を返した。


「ノブアキは働けません。多分」


「そうさアイカ。それがきっと正解。ノブ、研究所内を案内するよ」


 ウエハラ博士がペンギンパジャマを脱いでアイカに押し付けた。アイカがそれをローハン博士に押し付ける。上下関係が丸わかりだ。何か言いたそうなローハン博士に向かって俺は元気よく声を出した。


「ノブアキ・サカキバラです。今日から同僚になります。よろしくお願いします!」


 挨拶はしっかりと笑顔で。それが基本。ジイちゃんの教え。ローハン博士は笑みを浮かべてくれた。笑うと気さくなおじさんに見える。目元が優しそうに下がるのと、刻まれた皺からもそれが伝わってくる。


「実に良い笑顔だ。タカに似てる。さあ行こう」


 よれよれ白衣に変化したウエハラ博士が白い研究所を指差した。


 こうして俺は社会人になった。


 後から聞いたんだけど、初日にぶっ倒れて三日三晩目を覚まさなかった。

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