クジ運最悪な俺と未来からきた少年少女 3
イテテっと体を起こすとそこは床の上だった。正確には床の上のカーペットの上。俺の体から毛布が滑り落ちた。隣には白髪で色白の男の子。ソファーの上には黒上ロングの女の子。頭が痛い。
「誰だ?」
ノブとトモ。未来からきた俺の息子とアンドロイド。夢ではないらしい。二日酔いでかなり頭が痛い。
「ああノブとトモか」
飲み食いで散らかしたはずの部屋は綺麗に片付いている。ベッドの上にあった洗濯物が畳まれて床に置いてあった。
「ベッドで寝れば良いのに俺と一緒に寝たのかノブのやつ」
壁掛け時計は七時を示していた。寝落ちしたのは多分一時か二時。俺はノブの体を持ち上げた。起きたら起きた、寝てたらベッドと思ったがぐっすりと眠っている。俺は酒で眠いのに人生で初めての映画、バック・トゥ・ザ・フューチャーに大興奮で騒ぎすぎたノブのスイッチは切れたのだろう。意識のない子供ってこんな重いんだな。俺はノブをベッドに乗せてやった。
「あーダルい。
テーブルに乗っていたスマートフォンの充電は切れていた。充電して起動を待つしかない。俺は水を飲もうと立ち上がってキッチンへ向かった。洗い場に山積みになっている、きちんと洗われて水気を拭かれているタッパーの山。袋にきちんとまとめられたゴミ。余ったお菓子がタッパーにしまわれている。未開封のものは棚に積んであった。
「未来の俺はちゃんと
未来からきて勝手に父親の部屋に入って、勝手に父親の恋人が作り置いてくれた料理を食い漁って、漫画読みまくってた。それは棚に置いておく。どんな教育したんだ未来の俺は。
「ってか本当に未来から来たのか?よく分かんねー。
平々凡々に生きてきた俺には刺激が強すぎる。確かに漫画や映画は好きだし、こんな展開は面白くて仕方がないが俺には武器がない。
「なんだこのお菓子クジついてるんじゃん」
クッキーの箱に「中に当たり券が入っていたら現金千円プレゼント」と書いてある。俺はワクワクしながら箱を開けた。このワクワクは普通の人とは違う。俺に取ってのクジは「玉手箱」そして大体「悪い意味」
「現金千円当たりませんってなんの宣言だ!」
中にカードが入っていたが謎の印刷ミス。これを製菓会社へクレームを入れれば代わりに何かくれるんだろうがそんな気分にならない。「当たりません」ってなんか凹む。いや当たりを引いた事ない俺はかなり凹む。
「このクジ運を使ってどう未来を切り開くかね」
俺は「当たりませんカード」をゴミ箱に丸めて捨てて、カップで水を飲んだ。
***
スマートフォンは延々と俺と
「それにしても良くで出来てるな」
「タカちゃん嘘だと思うんだけど……とか信じてくれてもよくね?藍子こそ夜勤とか嘘つきやがって」
俺の「隠し子浮気調査」をしていたから夜勤だと嘘をついたのだろうか。それなら土曜の今日は半日出勤の可能性が高い。張り込むか。
「父ちゃんおはよう」
寝室とキッチンの境でノブが眠そうに目を擦った。
「おはよう。んー、まず風呂入るか。くんでやるから先に入りな」
冷房もかけずに寝たから汗臭い。多分ノブも同じだろう。
「一緒に入る!」
赤い目をキラキラさせるノブは俺にとって毒だった。寝起きに眩しい、それに二日酔いの重たい頭に高い声が響く。世の中のパパは可愛い子供にこんな憎しみを抱くのか。まあ「一緒に入る」の破壊力に免じて許してやろう。
「あーでも大丈夫かな」
俺を押しのけてノブが風呂場の方へと進んだ。浴室へ入ってクンクンと匂いを嗅ぐ。そらから床や壁をペタペタと触りだした。次に風呂の蛇口をひねって浴槽にわずかに水をはる。ノブはまたクンクンと匂いを嗅いだ。何やってるんだ?
「くしゅん」
くしゃみの後ノブはコンコンと咳をした。それで一目散に風呂場から寝室へと走り出した。寝室の床でノブがゼーゼーと怪しげな呼吸をしていたので俺は近寄って背中を撫でた。
「おい大丈夫か?」
ノブがコクコクと首を縦に振った。まだ辛そうに咳をしている。顔を覗き込むと蒼白で目には涙が溜まっていた。
「父ちゃん洗剤見せて。風呂のやつ。袋に入れてくれる?」
困っているとノブが「早く」と俺を軽く睨んだ。風呂場から浴室用洗剤を持ってきて。言われたように、一応三重にした袋に入れてノブに差し出した。ノブは受け取らずにテーブルを指差す。俺がテーブルに袋に入れた浴室用洗剤を置くとノブは観察した。成分表を読んでいる。
「これって新しい製品?」
「この間CMでやってたから多分」
ノブが病気というのはどうやら本当らしい。まるでアレルギー症状みたいだ。ノブは「この成分か」とか「これかな」とか「すでに平成でもダメなのか」などとブツブツ言っている。俺はズボラなのに未来の俺はキチンと気を配ってあげられているのだろうか。十歳くらいの男の子がここまで自分の体と向き合っていることに何だか胸が痛んだ。それも風呂ごときで。
「お前んちの風呂ってどうなってるんだ?」
「家は石のお風呂。トトロに出てくるみたいな形のやつ」
楽になってきたのかノブはまだ青い顔だがニッコリと笑った。
「そうじゃ無くて洗剤?ダメなんだろ?」
「分かってるよ。父ちゃんに教えてあげようと思っただけ」
つまり俺に将来トトロに出てくる風呂を作れと要求しているのか。ノブが見せてくれた瓦屋根の家によく似合いそうだ。しがないサラリーマンなのに金がかかりそうな家、随分な出世だ。
「怪しい感じの成分あるし、浴槽の材料と反応して産生される物質かもしれない。家は基本水で
子供らしい子供だと思っていたが、今のノブはとても大人びて見える。こちらが素っぽい。ノブは無邪気でいられないからこそ、反動で明るく振舞っているのかもしれない。なんかちょっと泣けてきた。これがドッキリなら、俺の優しさに全国のレディーは胸ズッキュン!キモっ……自分の前向きさの発想が
「どうしたの父ちゃん?」
スンっと鼻をすすった俺をノブが不思議そうに見た。
「食べ物は?菓子とか大丈夫だったのか?」
添加物とかよー分からんけど何か体に悪そう。
「トモが選んでくれたから平気。そいいえば父ちゃんの今の恋人あんまり料理うまくないな」
こいつはまた生意気な事を。
「そうか?」
「父ちゃんのがうまいよ。父ちゃんすっごい料理うまいんだ」
ニシシという擬音が聞こえてきそうな歯を見せた笑顔。ノブは未来の俺が大好きらしい。なら見せてやろう俺の腕前を!卵焼きはスクランブルエッグ、目玉焼きは目が潰れ、煮物?めんつゆで煮とけ。それすらしないが。そんな俺が料理の鉄人。愛情が最高のスパイスってやつかもな。
「目玉焼き作ってやるか?」
「食べる!」
即答だった。フライパンを出してサラダ油を引く。俺がガスコンロのつまみを捻って点火すると、ノブが「やっべー」と楽しそうに隣のコンロに火をつけた。切ってまた点火。
「面白いのそれ」
「うち
瓦屋根にトトロの風呂。そして写真で見たことしかない
「父ちゃん丸焦げ!」
完成しました。「目玉焼きに愛情たっぷりの火を注ぎました、白い肌は恥ずかしいから見ないで」心の中でくだらない事を考えても誰も突っ込んでくれないのについ考えてしまう。さて、この目玉焼きはどうするか。
「とりあえず銭湯行ってみるか。ダメだったら帰ってくればいいし。どっかで飯食おう」
話をすり替えだ!単純なノブはあっさり食いついた。
「銭湯?」
「みんなで入るデカイ風呂屋だ」
好奇心に満ちた楽しそうな笑顔。やっぱり毒だ。ぴょんぴょん飛び回るのは目障りだし、声が高くて大きくて頭がまた痛くなる。なのに嬉しそうなノブを見るたびに俺はつい次も喜ばせてやりたいと思ってしまう。俺の言葉にノブがと目を輝かせるのが何とも楽しい。将来子持ち希望とはいえ独身男性の父性をここまでくすぐるとは、ノブ、なんて恐ろしい子!自分の子供って怖いな!
***
車で数十分もない銭湯に来るのは初めてだった。古そうだし大丈夫だろうと思ったら……ノブは大丈夫だった。どこからどう見てもアルビノの外国人の子供であるノブは注目を集めた。しかし本人は涼しい顔だ。慣れているからだろう。ノブが「父ちゃん」と俺を呼ぶたびに、俺は変な汗をかいた。ジロジロと向けられる人の視線って中々嫌なもんだな。
「まさか28歳にして息子に背中を洗ってもらえるとはな」
いつ「ドッキリです」という看板が出てくるのかと周囲を探しているが一向にそんなものは出てこない。牛乳を飲みながら扇風機の前を陣取る。ノブが隣で全く同じポーズをして座っていた。
「俺帰らないから毎日洗ってやるよ」
「そんね金ねーよ」
一瞬ノブの顔が固まった。
「ってか未来の俺って何の仕事してるの?」
俺は慌てて話題を逸らした。まだノブは傷ついたような、悲しそうに口を歪めている。
「おいノブ。教えてくれよ。そしたら毎日来れるかもしれないし」
パァァァァっとノブの表情が明るくなった。こうも一挙一動に反応してくれるとこそばゆい。俺は牛乳を一口飲んだ。
「バグ回収の手伝いって言ってた。でもほとんど家にいたよ」
バグ回収。ピン!ときた。クジ運最悪な俺は良くとんでもないシステムエラーに遭遇する。ほうほう特技はそうやって生かすってわけね。28年間気がつかなかったわ。
「どこで?誰の?あー、ちょっと待った。俺は未来を変えてしまっていいのか?」
「いいんじゃね?だって今の父ちゃんには未来の父ちゃん関係ないじゃん。俺、父ちゃんに有益な情報なら何でも教えるよ」
過去改変とか未来が変わるってのは物語の骨組み、中心って奴なのにノブはどうでもよさそうに足をぷらぷらさせて口を尖らせた。
「そう言われると聞きたくないな。先にクジの結果見るみたいだし」
「いつもクジで最悪だから?」
また不安そうな目をしてノブが小さく零した。
「それは違う。クジ運は最悪だけど、その結果が最悪なわけじゃない。視点と発想の問題だ」
俺はノブの濡れた髪をタオルでぐしゃぐしゃと拭いた。それから自分の持つ牛乳瓶をノブの牛乳瓶に押し付けて乾杯した。
「どういう事?」
「例えば。変な病気の息子。すごい大変だ。あー良かった自分じゃなくてって言われるかもしれない。でも家族仲良く面白おかしく暮らして息子も元気。おまけに俺の大好きな昔ながらの生活が堂々とできる。そゆこと」
これが一番ノブを元気付ける言葉だと思った。案の定ノブが笑い泣きした。ちょっと罪悪感。俺、
そろそろ藍子の病院へ向かうかと、俺は瞳孔だけでなく白目も赤くなったノブの手を引いて銭湯を後にした。充電されていたトモを回収し、いざ出陣。今月の電気代はどうなるのか……。ノブが漫画と昨日残ったお菓子を車に持ち込んだ。
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