終章 「  」という事

第58話 舞台 入れ知恵 回析

「黒球、魔力を数発分、圧縮しておいてくれ。」


 案内人を引き連れ、ゲシトクシリ西門に来ている。

 ゲシトクシリを発つ事も考えたが、どんな給仕が来るかを見ておいた方が良いか。

 案内人の優男に容姿や特徴を聞いても「知らない、見たことない、分からない。」と散々だった。本当に使えない奴だな。今も露店に目を奪われている。

 首輪を着け、キツネにリードを握られている優男は、アブノーマルな雰囲気をかもし出しているのか空白地帯が出来ていた。


「どこか高台でもあれば探しやすいんだが。」

「ん? それなら、しばらく西に行けば丘陵地があるかな。」

「やけに協力的だな?」

「用事を済ませて移動してもらえるなら、いくらでも協力するさ。代わりは、いないんだから……。」


 とても寂しげな笑顔をするものだ。そうか、こいつは初の案内だったな。


 万が一給仕にタピタが連行された時は、門を抜ける前に止めるつもりだ。話し合いに応じるとは思えないので物理的な交渉になるだろう。給仕が戦闘に特化する事は無い。しかし準備はしておくべきだろう。深海でも襲われたしな……。

 そんな事を考えていると、服飾店の方向から空へ向け一筋の青光あおびかりが走った。


「きゃああ……あぁぁ……。」

「お、おお?」


 近づいた給仕への脅し程度の細工が作動した。黒球がいなければ給仕は人並だ。近づかずに俺を探すだろう、と思っていたが上空に打ち上げられていく小さな人影を見てしまった。

 無警戒にも程があるだろう。あの高さから落ちたら、まず助からないな。めっちゃ泣いてるし。


「助けてぇぇ……。」

「助けたくなくなってきた。」

 

 苦笑いの優男が落ちてくる給仕をチラチラ見ている。はぁ、分かったよ、助けるよ。


「黒球、給仕アレを回収してやってくれ。」

「あはは……ありがとう。」


 左腕が肥大化し、落ちてくる給仕を取り込むようにして回収した。

 ドプン、という鈍い音とともに黒球に回収された小さな給仕は、どこかで見た銀髪に白目の色白な少女で、しばらく見ない内に少し太ったようだ。


「ぶぼっぼぇばびぼお。」(太ってないもん)

「何言ってるか分からんぞ、?」


 右腕を器用に使い、黒球から脱出したエレナは、濡れねずみになっていた。おそらく深海の水だろう。

 そういえば右腕は俺が捥ぎ取ったはず……と、エレナの右腕を見ながら考えていた俺に、エレナは肉薄してきた。


「もう! キツネさん、ひどいよ! やっと会えると思って急いだのにドーンって!」

「あーはいはい。すまんすまん。」


 どうやらエレナの意思でゲシトクシリまで来たようだ。エレナの詰問を聞き流しつつ、海水の除去や衣類の修繕を進める。どこで給仕の服を得たのだろう。

 案内人が黒球みぎうでに触れようとしたので、海水をかけてやった。風邪ひくなよ?




 俺の頬を堪能したエレナの荷物を回収する事になった。

 打ち上げられた際、荷物は散乱したらしい。「新しく買えよ。」と言う俺の言葉に優男も同調したが、エレナの「勿体無い。迷惑かけたのに謝りに行かないの?」と言われ沈黙した。

 優男を睨むと目を逸らしたので、まだ何か隠しているようだ。


「キツネさん、行こう?」

「俺と案内人コイツは行くべき場所があるんだ。」

「……知ってる。」

案内人コイツから聞いたか。エレナは戻った方が良いぞ。」


 優男はエレナに目的地について話してしまったようだ。という事は、俺が行かなければならないについても話したのだろうか。少し寂しそうな顔をするエレナの手前、問う事は出来ない。

 エレナの右腕は黒曜石のような黒色だ。光を反射して煌めいているようにさえ見える。上手うまく動かせる事を喜ぶべきか悲しむべきか、俺には分からない。


「行っちゃうの?」

が俺の所に来るのを待ってるんだ。だから、エレナは離れていた方が良いぞ?」

「一緒に行く……私が新しい給仕なんだよ?」


 思わず「は?」と言ってしまった。エレナが給仕として俺の前に来たのならば、本来選ばれるはずの給仕は、どこに派遣された? 寒気を感じる。

 優男に視線を投げかけると、観念したのか話し始めた。


「気づいたみたいだね、多分思っている通りだよ。この子が自分で決めた事だよ? 僕は手紙を書いただけ。事情と地図、それに期限をね。」

「今回は、俺が行けば事足りるだろ? エレナを給仕にする必要は無いはずだ。」

、だよ。次のキミが1年後なんだ。給仕は多い方が良いだろう?」


 ……なんだよ、それ。タピタを救ってもエレナは手遅れなのか。案内人が、黒球に関わる者を集めるとは。

 チラっとエレナを見ると、声を出さずに口の動きだけで「ごめんね。」と分かる動きをした。説明を理解して給仕になったのか。謝るのは俺の方なのにな。


「良いのか、エレナ。戻れないんだぞ?」

「大丈夫だよ、カミラさんも説得したし……話が突飛だって怒られちゃったけれど。」

「もっと良く考えろよ? 誰とも会えなくなるんだぞ?」

「分かってるよ。」

「辛い、苦しいから辞めますってわけには、いかないんだぞ?」

「分かってるよ。ちゃんと自分で決めたから。」


 何とか留めようとする俺を遮り、エレナは右腕を展開した。寂しそうな笑顔の横で、腕の形をしていた黒い腕に亀裂が入り、4本の細い触手に分かれていく。


「追いついて良かった……ごめんね? 気づいてあげられなくて。」

「おいおい、街中で何を——」

「聞いたの、キツネさんのやろうとしてる事。キツネさんが、どういう状況なのか、も。」


 エレナは切っ先みぎうでを俺に向け、魔力を注ぎ始めた。俺の声が聞こえていない? 何でエレナは思い詰めている? 何で、目が光っている?


「キツネさん、私と行こう?」

「……お前、誰だ?」


 微笑みを浮かべるエレナの顏が、

 違和感を覚えた俺の問いに、ピクッと眉を動かした給仕は、魔力の集束を速める。右腕全体が淡く発光し始めた。


 こいつ、エレナじゃないな。


 間合いを取ろうと身構えた時、給仕は腕を下げ、自身の足元に切っ先を1本撃ち込んだ。

 こちらに撃ってこないのか? と考え、動きを止めた俺に構わず、給仕は通りの左右の壁に、立て続けに1本ずつ撃ち込んでいく。

 給仕は無駄な行動をしない。それゆえ、この行為にも意味があるはず。小声で「撃ってきたら空へ。1発分残せ。」と言っておく。相殺した後、気絶させてやる。


 再度、俺に右腕を向けた給仕は、切っ先から溜め終えた魔力を放つ直前にへと変質させた。左手で口を隠し、くつくつと笑う給仕の目は妖艶な笑みを浮かべる。

 膨大な熱量で周囲の住民や建物をも飲み込もうって魂胆か。

 一瞬、給仕が揺らいだ気がしたときには、の波が吹き抜けた。


「あっつ! 見境なしか! 風を吹き上げろ。」


 あまりの熱さに仰け反りつつ指示すると、頭上に溜めた魔力がほぼ全て放出された。

 緊急時だが、全部かよ。

 周りを見ると、幾分被害はある……が重傷者はいないようだ。自身が吹き飛ばされないよう伏せて耐える。



 

 風が止むまで給仕を視野に入れ、口を開こうとした時。

 耳元で給仕まゆみの声がした。




『捕まえた。』




 と、同時に首を後ろから鷲掴わしづかみされ、地面に押し付けられた。

 なぜだ、給仕は目の前にいるのに。徐々に首が、締まる……声が、出せない!

 目の前の給仕エレナの腕を下ろし、泣いていた。何か喋っているようだが、俺は今、構っていられない。首を絞める力が強く、うめき声しか上げられない。

 そんな状況でフラッシュバックした。


 深海にいた給仕服の人魚が泣いている。何かを言おうとして口を動かすが、聞こえない。


 俺は、この先の光景を、知っている。引きちぎられ、首だけになった4番目。

 そうか、目前の給仕に気を取られて後方からの攻撃に気づかなかったから、したのか! 黒球は指示をしなければ、給仕には手を出さない。

 キツネの前足では首を掴む手に爪を立てることも難しい——


『少々押しています予定がおくれているが、今回も連れて行きます。』


 ——だが、触れるくらいは出来る。


 俺の前足は今、相棒うで越しに給仕の手に触れた。爪は丸く、肉球に毛の生えた非力な前足では何もできない。何とか、真由美を止める方法は……。

 給仕まゆみは手を俺を見て、嘲笑あざわらう。

 さらに首が締まり、視界が暗転しそうになる。


 黒球、真由美を喰らえ……


『可愛い抵抗ですね。今回は。』


 ズキッと頭痛がした。真由美を喰らう事に少なからず抵抗があったらしい。

 前足から離脱した相棒が給仕を飲み込むために展開する。まさか相棒が動くとは思わなかったのだろう、真由美は目を見開いて動きを止めていた。





 後ろから聞こえる咀嚼そしゃく音を聞き流し、首に残った手首を投げ捨てる。

 首のわりを確かめながら転がった手首を見ると、黒球から伸びた腕が手首を飲み込んでいった。次の給仕が補充されるだろう。この連鎖を止められないのだろうか。

 一部始終を見ていたエレナは、ばつの悪そうな顔をしている。俺と目が合うと、ビクッとして目を逸らした。はぁ。


「で、エレナは何をしに来たんだ?」

「え、えーっと。あなたのしたいようにしなさい、ってカミラさんが……。」

「アルデールからゲシトクシリまで来るほどか。まぁ、帰れとは言わないが。」


 急に弱気になったエレナに調子を狂わされてしまったな。

 黒球の食事も終わったようで、俺の腕に戻ってきた。再び黒い火の粉が舞う。

 エレナは火の粉を避けるように俺から一定の距離を保っている。あぁ、怖いのか。

 放出を抑えてやると、恐る恐る近づいてきた。まだ怖いのだろうか。


「何か、しばらく見ない内に凄いことになってるね。」

「俺にも色々あるんだよ。どうする? ついてくるか?」


 「あ、熱くない。」と言いつつ、前足を触るエレナは少し落ち着いただろうか。

 もう一度同じ質問をすると、エレナは煮え切らない態度で口を開いた。


「アルデールから馬車に乗って、数日北上したのは覚えているんだけど……ここどこ?」

「はぁ? 案内人に聞いたんじゃないのか?」

「え? 案内人さんとは会ったことないよ? 手紙の差出人が案内人だったから。」

「あぁ、そういう事か。」


 エレナに尻尾を押し付けて黙らせ、周りを見る。

 優男どこだ? どさくさに紛れて逃げたか? と考えていると、西門の影から案内人がで歩いてきた。エレナは俺の尻尾から顔を出してキョトンとしている。


 なぜ優男は、笑っている?


「あはは、良かったよ。間に合ったみたいだ。キミがエレナ嬢だね? 手紙を見てくれた事に感謝するよ。」

「え? え? あなた、誰?」

「何をした?」

「キミのおかげで時間稼ぎが出来た。この街は、新しい循環の一部になるん——」

「簡潔に言え。」

「——ぐぅ! 痛い、痛い! 僕を止めても変わらないさ……もう、からね。」


 とりあえず優男の手足を1本ずつ締め上げる。案内人の顏を見ていると無性に腹が立つ。


 誰を呼んだのかを聞こうとした時、毛が逆立ち始めている事に気づいた。足元の小石やエレナの髪まで浮き上がっていく。民家の洗濯物や門に掲げられていた旗もまた、まるで吸い上げられるかのように浮き上がっていた。

 皆が上を向いている? 視線を追い、見上げると太陽の影に何かいるようだ。目を細めてもまぶしくて見えない。


 エレナが尻尾を掴むので視線を下げると、締めすぎた優男が失神していた。どこかの少年にほどこしたように、優男の鳩尾から心臓へ向け杭を打ち込む。エレナの短い悲鳴は無視する。

 一瞬の痛みに覚醒したらしい優男は、打ち込まれた事実を認識したのか顏をしかめた。


「僕を、どうしようって言うんだい?」

「あれは何だ? 吐け。」


 上空の——剣山を逆さまにしたようなシルエット——物体を示し問うと、憎たらしい笑みを浮かべた。


「もう分かっているだろう? の帰還だよ。」

「死ね。」

 

 打ち込んだ杭に吸い込まれ潰されていく優男に用は無くなった。黒球に回収された杭から知りたい情報を探る。

 色々と画策していたようだ。エレナ以外にも手紙を送り、この地に集めようとしたらしい。


 真由美との会話から、案内人となった時点で優男の自我は崩壊していたようだ。要らない置き土産だよ、まったく。


 あぁ、交代が来ないから探しに来たのか。さすがに空にまでは、って交代しなくても良いように空を漂う事にしたんだろうが。、ってか。


「エレナ、離れてくれ。」

「キ、キツネさん、どうしちゃったの? 何か変——」

「邪魔だ、離れろ!」


 前足から噴き出した黒い炎に、ビクっと震えたエレナが離れていく。泣いてたな……悪いことをした。もし、いや止めておこう。気が立っているようだ。

 すぅ、はぁ……。


 黒球、寝ぼけた野郎おれに一発デカいのをぶち込みたい。さっさと起きて空に戻れ。

 3番目のような全方位ではなく、一方向に集束させ……1発に込められるか?

 2番目のような自滅ではなく、生存優先で。あ、エレナは喰うなよ?


 俺のを形にした黒球まえあしは周囲の地面を食らい、穴だらけにしていく。食べた物を圧縮し、1センチにも満たない黒い弾丸が出来上がる。地面の砂を吸い上げている気がするが、気のせいだろう。

 水平方向に集束させないよう、フレネルレンズをした黒い円盤へと姿を変えた相棒は、俺の両前足を地面に縫い留めた。不思議と痛みは感じない。

 傷口からは魔力の青白い光が、縫い留めている相棒の腕からは黒い火の粉が舞い上がる。


 黒い弾丸付近では、吸い寄せられた火の粉等が渦を形成し始めた。

 火の粉と青白い光が衝突を繰り返し、その度に火花が散る様は銀河を思わせる。

 黒球を通さずに聞いた高音は、大気を震わせ建物や地面をきしませた。


「がぁ!」


 徐々に高まる音に体全体を揺さぶられ、「撃て。」と言いたかったが威嚇のようになってしまった。

 弾丸へ吸い込まれていく燐光の勢いが早まるとともに、円盤あいぼうは弾丸を射出した。

 弾丸の回転に伴い、渦が漏斗ろうと状に流れ、目標の物体への弾道を描く。

 きらびやかな軌跡と、ふわりと流れた風に違和感を覚えた直後、体を引きちぎられるような衝撃が俺を襲った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る