第44話
体。
この場合の『体』とは、腕を修理しろ、ということだろう。
給仕の千切れた左腕と左肩を見る……黒球、がんばれよ。
「相棒、直せるか?」
頭上を漂う黒球は、無反応だ。黒球にも出来ない事があるのだろう。
給仕は
「仕方ありません……これで、接合してください。」
と、給仕は長机に
さらに
うわっ……腕っぽい物を飲み込む様は、見ていて気持ちの良いモノではない。
給仕は目を
と、その時。
給仕の座る長椅子が後ろに倒れ、大きな音とともに給仕の体が浮き上がる。
よく見ると相棒の腕が3本伸び、給仕の首、腰、そして左肩を
濃度が高すぎて、
「お、おい。大丈夫なのか?」
「もん、だい……あっ、いぎっ!」
全然大丈夫そうには見えない首吊りを見ながら。
この
じくっ、じくっと再生していく給仕の全身に疑問が湧いてくる。
筋肉などは人間のソレのようだが、こいつは人間なのか? 魔力で、どうにかなるモノなのか?
息も絶え絶えな様子の給仕を見て、考える。
黒球は、材料を消費して物を作るはずだ。今、何を消費した……?
魔力は消費した。黒球の備蓄している資材を使ったのだろうか。
だが、水圧に耐える材料など……どこにあった?
「あとで質問して良いか?」
「はぁ、はぁ、気づかれましたか?」
「なんとなく、な。」
ハッタリだ。全く分からん。修復を終えた黒球が給仕を放す。
絹のような給仕服を整えると、給仕は立ち上がった。淡く緑色な服……緑色?
「それ、
給仕の服を見ると、少しずつ色が濃くなっていく。
品質の良い翠晶には
ほんの数秒で、給仕の服は濃い緑色になっていた。
「はい、希少な鉱物だと伺っております。」
「誰に……。」
「あなた方、です。」
俺を見つめ、給仕は言う。俺たち?
黒球が高音を発する。
相棒を見て、いつもの音とは少し違うと考えた時。
「あぁ……まだでしたか。」
給仕の発言とともに俺の視界は暗転した。
―――――――――
目を閉じて上を向いていたらしい。
目を開けると、こちらを見つめる給仕と目が合った。
「……ん? 何だ? 俺の顏に何か付いてるか?」
「いえ。」
言葉少なに俯いた給仕は、それ以上話そうとしなかった。服も腕も直ったみたいだ。
ふと視線を感じ、エラを見ると目が合った。今の今まで寝ていたと思うが、不安そうな顏をしている。
「どうしたエラ、いつ起きたんだ?」
「……キツネさん、大丈夫?」
「ん? どういう?」
「ずっと上を向いたままだったよ? 正確には分からないけれど……3回食事をするくらい。」
「ちょ、ちょっと待て。食事?」
「はい、私が用意させて頂きました。」
エラが俺の前足を優しく包む。ずっと? 給仕と話をしていただろ。
「
給仕の声に、はっとする。俺が視線を向けたことを確認し、話し始めた。
「あまり深く考えるべきではありません。お連れ様も心配されているようですし。」
エラを見ると、今にも泣きそうな顔で俺の前足をより強く握った。
「キツネさん……。一人に、しないで。」
まるで縋りつくように。エラの
臭気に気づいた。
立ち止まる俺と、立ち止まった俺に気付き視線を向けるエラ。えっと、言って良いモノか。
「エラ、お前……臭いぞ?」
「うぐっ、一応、体は拭いてもらったりしたんだよ……ここだとその、ね。」
急にモジモジしだすエラ。まさか、この狭い膜内で体を拭いたのだろうか。他に場所も無いが。前回、綺麗にしてから……1日で臭くなるか?
「僭越ながら。」
そんな事を考えていると、給仕から助け船が出された。毎度、
「気落ちされていたので、活力を得られる食材を利用しました。」
「食材? こんな深海に魚以外の食材なんてあるのか?」
「このような
いやいや深海に沈んだ船で保存も何もないだろう、とエラが食べた品々を聞いていく。調味料の大半は水圧で潰れたが、一部残っているらしい。少ない調味料で多彩な味付けを、そして見た目も豪華だったと。
給仕は当然とばかりに控えている。この環境で料理ができるとは……。
「見ますか?」
「ん? あぁ、って! どこから出すんだよ。」
こちらの返答も聞かずにたくし上げた給仕は、香草の束を取り出した。あえて何も言うまい。
チラっとエラを見ると、目を手で隠し……隙間から見てるし。目が合うとエラは小さく「おいしかった、です。」って聞いてないからな。どいつもこいつも。
給仕はエラを綺麗にしている俺を無視して黒球に手を突っ込む。食器などを取り出し、食事を用意するつもりのようだ。片手間に答えられるだろうし、聞いておかないとな。
「とりあえず、お前がここにいる経緯を教え―――」
ぐぅ~きゅるる
エラよ。もうちょっとだけ、空気読もうな? ……はぁ。
―――――――――
「……以上です。」
「ふむふむ。」
「もっちゃ、もっちゃ。」
給仕の料理をエラが食べている。
給仕は俺を迎えに来て、客船が難破したらしい。そして襲撃に
船が沈み始めた時、給仕も逃げようと甲板に出た。しかし、外は阿鼻叫喚の地獄絵図だったらしい。重量により泳げず、魔力を充填してもらわなければ補充できない厄介な体では……出来る事など無かった。悲しい話だ、悲しい話だが。
給仕の語る内容の半分も入ってこなかった。
「口を閉じて食えんのかぁ!」
「んぐぐぅ!」
食べようとしたエラの顏に飛びつき、食事の邪魔をする。
俺の匂いを
「お楽しみのところ申し訳ございません。」
「あぅ、おいしいのに楽しめない……。」
ぺち。音が漏れる度にエラの額を叩き
――――――――――
気を取り直して今後の話をする。同時並行で散策もこなしていく。客船内の残存品を持って行っても構わないだろう。墓荒らしみたいだが手当たり次第に回収する。エラは食べ終わった後、俺にくっついていた。怖いのだろう。
大砲やエンジンなどは見当たらなかった。動力は魔力と人力らしい。探したいわけではないが、遺体等は端の部屋に集積しているそうだ。黒球は近づいて行ったが、呼び戻した。眠りを邪魔することも無いだろう。
通路に破損箇所はあるものの、木片など通行の邪魔になる物は浮いていなかった。給仕が見回った際に片付けたらしい。
他の部屋よりも大きな扉があっただろう部屋の前で、給仕が立ち止まる。
「ここが、船長の部屋です。金庫などは開けました。」
「目ぼしい物は、無さそうだな。」
「何者かに持ち出された後でした。」
「そうか……海図でもあれば、と思ったんだが。」
海図はありませんが地図ならば、と給仕は再度たくし上げた。何という所に保管して……エラ、ガン見するな。
両目を押さえて
「何か考え事ですか? あぁ……。」
「何だよ、その目は。海流とか地形とか気になってな。」
あーそっちですか、とちょっと残念そうな給仕が付近の海底山脈と海溝、そして海流を書いていく。おおぅ……さっきからやけに正確な書き込みをしていくが、なぜ分かるのか。
「そう作って頂きましたので。」
「あ、悪い。口に出していたか。」
「いえ、先程修復して頂きました。」
えっと、どういう事だろう。俺は声を出していないはず。
給仕は髪を
黒いイヤーカフ。
起き上がってきたエラが給仕のイヤーカフに興味を示す。装飾品が好きなのだろう。もしかしたら――
「ございますよ?
「……わわ。ありがとう給仕さん!」
エラは魚のデフォルメ装飾のイヤーカフを着けてもらい、満面の笑みだ。しばらく放置して問題ないだろう。
船長室の机に地図を広げ、
俺たちの現在地は、二つの大陸の間にある海溝だ。給仕が客船に乗ったという東の大陸、俺が降り立った西の大陸、そしてニブルデンバの街がある南の大陸。海流は3つの大陸へ向けて流れている。海溝に流れ込み……ん? 流れ込んだ水は、どこへ?
地球には南極還流がある。この世界にもあるならば、この流れは……おかしい。
「北には、常に大量の海水を噴き上げる大穴が――」
地図に歩み寄り、一部分を指で示しながら給仕は説明する。その顔は悔しそうにだ。この表情にも意味があるのだろうか。
「――東の大陸のさらに東には全てを飲み込む大穴が、それぞれあると言われております。」
別の場所を指し示し説明を終えた給仕が、こちらを見る。その表情はどこか寂しそうだった。
北の大穴まで50キロメートルほど。給仕は「今ならば問題なく進めます。夕食は期待してください。」と斜め上の回答をしてきた。エラの目が
東西の大陸斜面までの距離は約20キロメートル、南は数キロメートルだが、頭上の深海魚どもが群がってくる。給仕も群がられ、魔力補充用の品を食われたらしい。腕だけで済みました、と落ち着いて言われると肝を冷やしてしまう。
「合流できて良かったな?」
「はい、新しい腕も以前より
「俺は何もしてないけどな。」
軽く微笑んだ給仕に違和感を覚える。
……笑うこともあるだろう。
―――――――――
当たり前だが、深海に太陽の光は届かない。深海を移動する俺たちは、本来であれば暗闇を移動しているはずだ。海底を滑るように移動し、黒球は忙しく動いている。
黒球の膜に投影された周囲の様子をボーっと眺めながら、そんな事を考えた。
骨が透けて見える深海魚や光るクラゲなどと、ぶつかる度に黒球は捕食していく。横では給仕が控え、後ろでは……。
「ひうえはん、ごふっ……おいひーよ、ほれ!」(キツネさん、おいしーよ、これ)
「
エラの食事を横取りして分解する。呻きをあげるエラは給仕に阻まれ、涙の訴えを……次の皿を貰って大人しくなった。
半日も進むと、海底の勾配が少しずつ登りになってきた。周囲に岩などは無く、細粒ばかりだ。頭上を見上げている給仕には、魚影でも見えているのだろうか。
「いえ、周囲に魔力を食らう魚群はありません。」
「そうか、魔力の塊でも撃ちあげたら寄って……あっ。」
「……わぁ、きれー。」
若干一名、料理に
給仕が証明しようと撃ち上げた魔力の塊は、俺たちの頭上高く進んでいく。遠退いていく塊に、もしかしたら海面まで行くのでは……などと考えた時。
目的地方向から放たれた一条の閃光が魔力塊を掻き消した。俺たちを沈黙が支配する。浮上していたら……。
はっと我に返り給仕に顔を向けると、プイッと顔を背けた。汗を掻かないはずの給仕さん、こっちを向きなさい。おい、一歩逃げるな。
前足を給仕に向け、説明を求めようとした俺にエラが聞いてくる。
「ドーンって凄いね! あれ、また見れるかな?」
「……おい、見たいらしいぞ?」
「くっ……コホン、膜の強化を。エラさんアレは見世物ではなく攻撃です。注意してください。」
周囲に遮蔽物など無い上り坂。狙撃相手の位置は不明。先ほどの閃光に引き寄せられたのかチラホラと深海魚が頭上に漂い始めている。
「どうするべきか……。」
「来ます!」
進退を決めかねていたところ、黒球の甲高い音と給仕の切迫した声が聞こえ――
――直後、放たれた閃光が俺たちを飲み込んだ。
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