第10話

 ギルドに着くと、その足で受付へ向かう。

 受付にはリーネともう一人男性職員が奥の机で何やら作業していた。カミラさんが声をかけると、二人とも疲れた顔のまま挨拶を返していた。俺を見た二人は驚いていたが、カミラさんが取り成してくれた。

 男性職員はすぐに帰るらしく、引き継ぎを終え去っていった。リーネの目の下にはクマが出来ていたのでエレナに聞いてみる。


「エレナ、リーネは夜勤なのか?」

「そうだよ。私とカミラさんが毎日昼間に勤務だよ。リーネは夜勤もあるから……って夜勤って分かるんだね……。」

「夜働くことだろ?」

「そうなんだけど……キツネさんよく知ってるね……。」

「常識だろ?」

「ぅぅ……私も勉強がんばろぅ……。」


 勉強はしておくべきだぞ、エレナよ。

 リーネをねぎらった後、エレナが受付に立ち、リーネとカミラさんは受付奥の机で顔を突き合わせて話始める。なぜか俺はカミラさんに抱き上げられている。


「今朝、エレナの部屋に行ったら成長してたそうなのよ。何か分からない?」

「夜のうちに結構調べたんだけどサッパリだったよー。おかげで眠いー。」

「なんかね、こうやって抱いてるとひんやりするんだけど。」

「そうなんだー。ちょっと失礼してー。」


 俺の両手をつまみ遊び始めるリーネ。カミラさんも耳をつまみ始めるし、されるがままだな……。

 ふと視線を感じて受付を見ると、エレナが羨ましそうにしていた。はぁ、あとで構ってやるか。

 その後、いくつか質問されるが、俺が聞きたいくらいだった。我慢が出来なくなったエレナがカミラさんの拘束から俺を救い出すまで、散々いじくられた。

 名残惜しそうなカミラさん達を残して、俺とエレナは受付へ。

 今日は明日の・・・帳簿の数合わせのため、皮紙の束を確認する作業をしなければならないらしい。


「箱数を数えるだけなんだけど、すごい量だから大変なんだよ……。」

「そんなにか……。物はどこに?」

「北門の方に倉庫があるから、そこで今日は作業かなぁ。」

「ほぉ、大変だな。」

「……ちょっと前に数え間違えて大変な目にあったから憂鬱なんだよね。はぁ。」


 数を数えるだけで憂鬱ゆううつも何もないだろうに。

 落ち込むエレナをなだめつつ考える。ギルドの倉庫って凄そうだな。

 エレナが言うには、アルゴータの街にはエレナ達の商業ギルド以外にもギルドがあり、取引量は膨大なのだと。食料や衣類、薬など全ての流通を取り仕切っているのだそうだ。……その数を数えるのか。

 雑談から戻ってきたカミラさんと共に、俺たちは倉庫に向け歩き出した。


 ギルドから歩くこと20分程度、石造りの倉庫群が見えてきた。一つ一つの建物が大きい。ギルド程の大きさの建物が北門まで道の両側に軒を連ねている。

 カミラさんに聞いたところ、外壁の石は特殊な加工がされているらしい。不用意に触ると兵士が飛んでくるそうだ。防犯装置まで兼ねているとは恐れ入る。ギルド付近より巡回している兵士の数が多い。

 時折俺たちを睨むように一瞥するのも仕事だから、なのだそうだ。手を振ってやったら驚いていた。

 倉庫の一つの前でカミラさんが立ち止まる。金属扉には『商業ギルド倉庫2』と書かれているらしい。気になってエレナに聞く。


「2? 倉庫ってたくさんあるのか?」

「そうだよー?ここから右隣4つが商業ギルドの倉庫なんだよ。今日、この倉庫の品数えだよ。」


 と、エレナと話しているうちにカミラさんが扉の鍵を開けたようだ。……蝶番ちょうつがいなどが無いな。

 エレナに聞くと、扉を開けられるのは本の模様の飾りを持った者だけらしい。ほぉ、あの飾りは鍵の意味用途もあったんだな。

 カミラさんが倉庫の中に入っていく。俺たちも中に入ると、薄暗いが天井付近から光が差し込んでいるため、ある程度の視界が確保できていた。中央の通路の両側に高さ1メートル程の木箱が並んでいる。奥まで30メートルはあるだろうか。俺には倉庫の全景が見えないが、相当量が置かれているのが分かる。

 カミラさんが俺たちに振り返り指示する。


「エレナは左側をお願いね。」

「はーい。」

「苦手でも数えるの、よ?」


 エレナは入口を閉めた後、入口付近から木の階段状の足場を登り、木箱の上へ移動した。カミラさんは木箱に手を掛け、飛び乗った。……さすがだな。スカートでやるものではないと思うが。

 エレナの近くまで行くと、木箱を指差しながらぶつぶつ言っていた。


「……5、6、7、8っと。」

「おーい。」

「ん? どうしたの?」

「もしかして全部そうやって数えるのか?」

「そうだよー。……あ、いくつまで数えたっけ。ぅぅ、やり直しかぁ。」

「なんかすまん。木箱って全部同じ大きさなのか?」

「そうだよ。かなり前は違う大きさで数も多かったらしいよ。でも今は大きさを揃えて並べやすくなったんだって。」


 と、言うことは。一つずつ数えなくても掛け算で良いだろう。エレナに左の壁までの数を数えてもらい、木箱に隙間などが無いかを見て回る。中央の通路沿いを奥まで数えていく。


「よし、8箱が30列だから240箱だな。」

「え? だな? とか言われても数えてないから分からないよ?」

「左の壁までの数と奥までの数をかけると総数が出るだろ?」

「えっと……どういうこと?」


 エレナは掛け算を知らないらしい。算数くらいなら教えてやるか。

 カミラさんにも声をかけるとカミラさんは掛け算自体知っているらしい。桁数が多い計算は自信がないそうだ。

 地面に書いて教えると二人とも驚いていた。学校などは裕福な貴族しか通えないため、二人は仕事の合間に必要に応じて学ぶ程度なのだそうだ。

 とりあえず箱数を教えると、カミラさんは皮紙の束に記入していた。エレナとカミラさんは箱の中身も確認するそうだが、匂いのキツイ品もあるそうで俺は遠慮しておいた。入口付近の椅子に乗って、まったりしていよう。ふぁ……ぽかぽかだ。


 足音が近づいてくる。複数人のようだ。

 閉じていた目を開け見ると、エレナとカミラさんだった。


「……なんだ、エレナか、ってどうした?」

「ちょっと問題があったから倉庫を閉めてギルドに戻ることになったんだよ。」

「問題? 箱の中身に何かあったのか。」

「エレナ、とりあえず外に出るわよ、急いで。」

「はい、キツネさんごめんね。」


 エレナは俺を抱え倉庫の外へ出た。

 カミラさんが施錠確認をした後、エレナを倉庫の入口に待機させ倉庫の外周を見に行った。

 エレナが抱えた俺を見ながら小声で言う。エレナと俺は見つめあう形だ。


「木箱のいくつかにこじ開けた跡があったの。中身が無くなっていたからギルドマスターに報告に行くんだよ。」

「中に入ったら兵士がすぐに来るって言ってなかったか?」

「壁に何かされたら、だよ。カミラさんが今調べてるから私たちは少し待機だよ。」


 入口周辺には兵士以外にも人の往来があった。倉庫利用者だろう。地面には荷車などの車輪跡も多数ある。

 周りを確認していると、黒球から甲高い音が鳴った。

 黒球を見上げた俺とエレナの頭上に傘のような半透明の膜が現れた。膜を通して上空に1羽の鳥が円を描いて飛んでいるのが見える。

 エレナも俺の視線の先を確認し聞いてくる。


「ん? どうしたの? あの鳥がどうかした?」

「あの鳥、なんかしやがったぞ。」

「え? 鳥だよ?」

「ちょっと待ってろ。」


 あの鳥はまだ上空にいるな……。黒球に言うならば、どう言えば良いか。ただ撃ち落とすか……仕掛けてきたのだから操っている輩がいるかもしれない。相手の居場所が分かれば良いのか。


「あの鳥を操っている奴を探せ。」


 少しずつ脱力感が増していく。

 ……結構きつくなってきたな。エレナにもたれかかっていると俺の状態に気づいたエレナが心配そうに見つめている。

 俺が脱力感から解放されたのは、カミラさんが調べ終わり戻ってきた後だった。カミラさんもまた俺の様子が気になるようだ。心配かけてすまんね。

 俺の前には矢印が浮かんでいる。この矢印の先に鳥を操った奴がいるはずだ。だが、体に力が入らない。少しやりすぎたようだ。ここで気を失ったら、せっかくの矢印が消えてしまうかもしれない。何か魔力を補給できればあの鳥を……


「そうか、あの鳥から奪えば良いのか。」


 言うや否や上空の鳥が落ちてきた。黒球よ、仕事早いな。

 地面に激突した鳥は気絶しているようだ。俺は体を起こせる程度には回復した。

 敵を気絶させて俺は回復するのは良いな。

 エレナとカミラさんは落ちてきた鳥に警戒しながらも俺に聞いてくる。


「なんかいきなり元気になったけど大丈夫?」

「あぁ、動ける程度には回復した。」

「エレナ、この鳥は何なの? あなたが何かしたの?」

「カミラさん、キツネさんがやったんですよ。空から何か仕掛けてきたみたいで。」

「なんですって? こんな所で襲われたなんて……ギルドへ直行するわよ。ついてきなさい。」


 とりあえず鳥はカミラさんが持ち……また消えた。

 カミラさんが右手を右耳に当てながら走り出す。エレナも引き離されないように走っていく。

 中央通りを抜け商業ギルドの真向かいの建物の中へ駈け込んでいった。よほどカミラさんが速かったのだろう。エレナは俺を抱えているにも関わらず、ほぼ全力で走ったようだ。

 カミラさんに少し遅れて建物に入る。エレナは入ってすぐに膝をつき息を荒げている。俺もまたエレナの上下運動に晒されぐったりしてしまった。しばらく動けそうにない。床に伏せ周囲を伺う。

 カミラさんは上の階へ駆けあがっていった。

 建物内は商業ギルドと同じ造りをしており、エレナ達と同じ服を着た者や兵士が多数いた。受付の人の視線を感じるが今は無視だ。

 頭だけを動かし矢印を探すと、俺が街に入った時に通った門の方向を指していた。

 鳥を操っていた者は街を出てしまったのだろうか。


「エレナ……動けるか?」

「はぁ、はぁ、少し待って……。カミラさん、速すぎて。」

「そのまま聞いてくれ。鳥を操った奴は門の方向にいるぞ。」

「ええ?そんなことが分かるの?」


 俺とエレナが話していると、上の階からカミラさんが俺たちの所に歩いてきた。困った顔をしている。

 息を整えたエレナがカミラさんに話しかける。


「カミラさん、おじいちゃんから指示はありましたか?」

「……エレナ、仕事中なんだからマスターと言いなさい。マスターが動いてくれるから、私たちはギルドに戻るわよ。」

「え?」

「ここまで走っている間に、リーネと兵舎とマスターに伝えたからギルドに戻って帳簿を確認するわよ。」

「……走っている間に、そんなことまで……。そうだ。カミラさん、キツネさんがあの鳥を操った者が門の方にいるのが分かるらしいです。」

「……え?」


 エレナとカミラさんの視線が俺に固定されている。

 俺は首を縦に振ると矢印の方向に向かう旨を伝えた。カミラさんが右手の指を口元に沿え、左手を右肘につける姿勢で考え始めた。エレナは俺とカミラさんを交互に見ている。

 数秒後、カミラさんが俺に顔を向け、


「キツネさん、行くならエレナを連れて行って。単独で門外へ出るとなると入れないだろうから。エレナはギルドに戻って出門手続きをしてきなさい。私はギルドにいるわ。」

「分かった。無理はしないようにするよ。」

「キツネさんはどうか分からないけど、エレナは対人訓練を終えてないわ。無理はしないでね。」

「はい!」


 俺たちは建物を出て、商業ギルドへ向かった。

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