第5話
村を迂回する。
遠目から見る限り、被害も無さそうだ。石造りの家がないのか、木の家ばかりだな。
そんなことを考えていると、街への道が見えてきた。この道に沿って行けば街まで行けるだろう。さすがに俺だけで街に向かうと、また攻撃されるだろう。結構な速度だから明日には着くか。それまでに何か方法を探さないとなぁ。
朝焼けの中を移動していく。道はまっすぐに伸びている。左右には森が広がり、朝露が光をきらめかせている。
街へ進み始めてすぐに、矢印が10本現れた。敵のようだ。襲撃に慌てた村を襲うつもりか。俺が倒したけどな。
さっさと撃とうとしたところで、先ほどの村の方向から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。馬車に乗った商人風のおじいさんだ。
「おーい、そこのチビー! 待ってくれー!」
訂正。口が悪い白髪のじいさんだ。敵はまだ見えないし、じいさんの相手をしてやるか。
少し待つとじいさんが追い付いてきた。
「なんだ? じいさん。」
「おお、本当に話せるんだな。街へ行くんだろう? ワシも街に戻るんだが、どうだ? 一緒に行かないか?」
「一緒でも良いんだが、ちょっとここで待ってな。」
「ん? なんだ? 何かあるのか?」
「敵だ。」
「そ、そんな……さっき襲撃があったばかりだぞ。」
「まぁ、待ってろ。」
じいさんの返事を待たずに敵の方へ移動する。あちらもこちらに気づいたようだ。
二手に分かれた。緑色の人型ではなさそうだ。
「強そうなやつを一人残して、逃がすな。」
と言うと、左右の地面から多数の土球が射出され、ドゥッという爆音を残して飛んで行った。
森の奥の方で敵の叫び声と森林破壊の大合唱が聞こえる。……やりすぎだろうよ。
矢印も1つになり、見晴らしの良くなった森だった場所の一角には、両手足にひどい怪我をした盗賊風のオッサンがいた。逃げられないだろうに、血まみれの手足を懸命に動かし、逃げようともがいている。
非日常的な光景だが、なぜか直視していられる。このままでは……死ぬだろう。
「止血だけはして、気絶させとけ。」
黒球から伸びた腕に、手足の付け根部分で引き
あまりの痛さに気絶したオッサンを確認し、街への道の側まで引きずっていく。雑な扱いをしても大丈夫だろう。しぶとそうだし。
白目をむいて気絶しているオッサンを道沿いの木に放置し、じいさんを迎えに戻る。
じいさんは俺に気づくと怯えた顔が少し和らいだ。まぁ、一人で怖かっただろうな。
「お、終わったのか?」
「終わった。一人だけ残して、この先に置いてある。道すがら回収しよう。」
「盗賊なら殺して構わないぞ。街で報告するなら頭だけで良い。」
「……そうなのか。」
「生かしておいて、逃げたりしたら
結構殺伐とした世界のようだ。元の世界を基準に考えても、こちらには警察なんぞ無いしな。
盗賊の所持品などは倒した人がもらって良いらしい。
虫の息のオッサンは多少の抵抗を示した。寝ていれば良かったのにな、と考えている間に俺の横からじいさんが歩いていき、オッサンの首を一思いに斬り飛ばした。
俺は森の大破壊跡で盗賊の所持品を集め、じいさんに放置したオッサンの頭をずだ袋に入れてもらう。
俺には……見るに堪えない光景だったんだ。
じいさんによれば、拾ったものは銀貨数枚ほどの価値があるそうだ。使い物にならない武器なども
荷台に乗る俺は、御者台のじいさんと話をしつつ街へ進む。荷台には、わらのような色の柔らかい草が山になっており馬などの世話に使うのだそうだ。
「そういえば街の名前教えてくれ。」
「……知らないで行こうと……って知るわけないか。アルゴータって言うんだ。王都よりは小さいが、結構大きいぞ。」
「ほぉ、それは楽しみだ。」
「まぁ、治安が少し悪いんだが、お前さんには関係なさそうだな。そうだ、なんて呼んだらいいんだ? 名前あるのか?」
「名前か……名前」
「ぁー、言えないなら無理には聞かんよ。あんたとワシしかいないんだ。気にしないでくれ。」
名前を聞かれて答えられなかった。
思い出そうとするのだが思い出せない。元の世界の記憶があるのに、自分の名前が出てこない、なんて事があるだろうか。
街までの道中は穏やかなものだった。夜まではじいさんと話すこともなく気まずかった。
じいさんが干し肉だけの飯を食べ、のどに詰まりせき込んだ。
水をだしてやってからは元通り話すようになった。
俺が見張りを買って出ると、申し訳なさそうにしながらも毛布にくるまっていた。
空を見上げれば星が出ている。星座の名前などは分からない。元の世界ほど街の明かりもないため、とても綺麗だ。少ししんみりとしてしまったが、明日にはアルゴータの街だ。大きい街だから、この世界についても知る良い機会だろう。
この世界の朝は早い。じいさんは薄明時には起き、出発の準備を始めた。夕方には街に着くらしい。
俺は昨日と同様に荷台に乗り、馬車は道を進んでいく。
昼過ぎにはアルゴータの街が見えてきた。じいさんの顔が嬉しそうだ。
しばらく進むと、街の方から皮鎧の青年とローブを羽織った少女が歩いてくる。
こちらに気づいたのだろう、道の側に避け、道を譲ってくれた。
馬車が男女に近づいていき、じいさんが声をかける。
「ありがとう。」
「じいさん、街に入れないかも知れないぞ。」
「何かあったのか?」
「門を閉められたんだ。出られるのに入れないとか聞いてないよ。」
「それは災難だな。でも、この先の村に行っても、魔物の襲撃にあってな……あまり良い状況にないぞ。」
「はぁ、どうするかなぁ。食べ物も余ってたら分けてくれないか?」
「まぁ、少しならいいぞ。ほれ。」
と、そんなやり取りを俺は荷台の草に隠れながら聞いていた。すんなりいかないものだな、と丸まりながら考えていた。
若い男女と別れ、じいさんは街へ向かう。
見上げる高さの石壁が視界を埋めるほどになっていく。
門の前の人だかりを見て、じいさん共々ため息をつき門へ近づいて行った。
アルゴータの街。
人口は1万人以上。周囲を高さ10メートルの石壁に守られ、魔物の襲撃にも屈したことがない。周囲の平野には定期的に掃討されているらしく、魔物の姿を見かけることは稀だ。周辺の村とも交易があり、堅牢な門は非常時でなければ閉まることは無い。しかし現在、門は閉じられ入れない人たちが小窓越しに門番に詰め寄っている。
「おい! いつになったら入れるんだ!」
「しばらくとしか言えんと言っただろう。」
「ふざけるな! もう2日だぞ! 早く開けろ!」
「何を言われても開けられん。諦めろ。」
「ふざけ……おい!」
門番は小窓を閉じてしまった。座り込んでしまう者や門を叩き怒鳴る者がいる。2日も待たされれば大変だろう。じいさんも不安気にしている。
門の下は10センチほどの隙間がある。俺なら通り抜けられそうだ。
じいさんに小声で話しかける。
「じいさん、ここで別れよう。俺はちょっと入り込んでみるよ。」
「大丈夫なのか?」
「まぁ、なんとかするさ。じゃあな。」
と、じいさんに別れを告げ、門に近寄る。
門の下からは門番の足が見えており、進入できそうだ。
さっさと門を潜り抜け、街の中へ。近くの物陰に隠れ、周囲を伺う。
「石造りの建物なんて初めて見たな……って入ったは良いが、どこ行こうかな。」
門から続く道の両脇には石造りの家が並んでいる。人の往来は数える程度だった。
俺が表通りを歩いていたら目立ってしまうだろう。このまま物陰を進み、どこかで屋根にでも上がろう。家と家の間に伸びる通路はまだ昼間にもかかわらず薄暗い。積み上げられている木箱が通路の側にある。そこから家の出っ張りに飛び移れそうだ。
自身のジャンプ力など大したことは無いが、黒球がサポートしてくれる……なんか介護されてるみたいだな。っとポジティブに行こう。
家の出っ張りから屋根に飛び移ると、灰色の屋根が並ぶ街並みが見える。
このまま進み、散策と行こう。
屋根を伝っていくと、視界の端に黒い煙が漂い始めた。火事…ではないな、鍛冶なのだろう。
近くの屋根から見てみると剣と盾が彫刻された看板が掲げられている店があった。店名は読めない。どれが店名なのかすら分からん。まぁ、この体では剣も盾も、持てないけどな。通りには鎧を着た者、荷車や馬車、露店などもある。手に取って見てみたい所だが、単独で行けば騒ぎになってしまうだろう。
周りを見渡すと、木工品などの店や細かな細工の露店売りなどもあった。
移動しつつ珍しいものはチェックしていく。と、茶髪が多い中で一人の少女だけが銀髪だった。
前を歩く茶髪の女性と同じ白いブラウスに黒のくるぶし丈のスカートを着ている。少女は抱える荷物が重いのだろう、フラフラしていて時折、通行人とぶつかりそうになっている。その度に茶髪が何かを言い、少女が頭を下げている。怒られているのか。
「しっかり歩きなさい、もう少しなんだから。」
「っはい……っと、っとと。」
日が傾き、夕暮れ時になった。ちらほら明かりが灯される。ふらつきながらも歩いていた少女は大きな建物の前でへばってしまった。茶髪女性はため息をつき、少女に向き直る。
「もう! エレナは体力無さ過ぎ。そこで休んで……あなたはもう上がっていいわよ。あとは私がやるわ。」
「はぁ、はぁ、はぃぃ。」
少女はエレナというらしい。エレナの荷物を茶髪が持ち、建物の中へ入っていく。
エレナは建物に背を預け、座り込んだ。ふくらはぎを
「痛い……もう夕方かぁ、露店しまっちゃう……どうしよう。」
「エレナの回復を。」
「ぇ?……え? うそ、痛くなくなった?」
「どうだ? まだ痛むか?」
「痛くな……ぇ?」
エレナの3メートル手前で向き合う。痛みはなくなったのだろう。目を見開き、口をパクパクさせながら俺を見ている。やはり俺が話すのは問題があるようだ。
エレナが落ち着くのを待つ。
腰まである銀髪が綺麗だ。眼も眉も白い。色白の肌が汗で濡れていたが、足を治すついでにキレイにしておく。
観察していると落ち着いたようだ。しっかりとこちらを見据えている。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがと。ちっちゃいネコさん。」
「ネコじゃないキツネだ。」
「あの、えっと、私エレナって言います。キツネさん?」
「なんとでも呼べばいいさ。」
「あ、あの!……撫でて良いですかっ!?」
「……なんか必死すぎて嫌だ。」
「あぅー。」
その時、きゅるるとかわいい音が鳴ると、エレナがおなかを抑え縮こまる。腹が減ってるみたいだな。日も沈み、露店も人通りも少なくなっている。
「飯行くんだろ?」
「夜は出歩いちゃダメなの。帰らなきゃ。」
「そうなのか。どうしたもんかな。」
「えっと……家来る? 狭いけど。」
「行く所がないから頼む。」
俺が頼むとエレナは嬉しそうに俺を抱える。それなりの膨らみで俺の視界は遮られている。若干汗臭いが我慢しよう。
エレナは小走りに家路につく。
10分程でエレナは2階建ての建物の扉の前で立ち止まった。
ゆっくりと中を伺いながら入り、静かに歩いていく。1階ホール横に2階への階段、長い廊下の両側に等間隔で扉が4つずつ見えた。集合住宅なのだろうか。
エレナは2階の階段よりの部屋のようだ。中に入ったところで、俺を降ろした。見渡すまでもない簡素な部屋だ。ベッドとクローゼットと机しかない。
エレナはクローゼットを開け、着替えようとして気づく。
「あれ、汗かいたのに臭くない……。」
「いつもはもっと臭いのか?」
「そ、そんなことないよ……たぶん……んしょ……あれ? 寝ちゃったかな。」
エレナの着替えを見ないように丸まっていると、着替え終わったエレナが俺を抱きかかえベッドへ。
俺を枕元に置き、寝ようと目を閉じている。
時折、腹の音が鳴って寝付けないようだ。はぁ。何か出してやるか……。
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