第39話 アガイの偽書(1)
ヒルデ達と合流して進むこと暫く。
仄暗い通路は地下水道へと到達した。
街の近くを流れる川から引き込んだ上水道で、街の住人が井戸が割りに使っているものだ。この街の主要な施設の地価にはたいがい通じている。
ここにコランタンが逃げ込んだ、あるいは目的を持ってやって来たということは、あの会場には既にあの魔女の縁者の姿はないということだろう。
俺たちを撒くためだけにこんな所に逃げ込んだのだとしたら、切れ者のコランタンにしては大きな誤算だろう。こちらには、ちょっとした猟犬並に鼻の効くマヤに、この手の隠密事はおまかせあれのフリッツの奴が居るのだから。
「どうだマヤ、フリッツの臭いは分かるか」
「うん、もう少し。あともうちょっと行ったくらい」
「しかし天下に聞こえた大宰相、コランタンが惨めにも地下水道を逃げまわるなんて。人間、落ちれば落ちるものということですわね」
「奴なりに何かしらの考えがあってのことかもしれん。一概には言えんさ」
地下水道の埃臭い空気が嫌なのか、口元を抑えて走るヒルデ。
相変わらずこんな時でもマイペースな奴だ。
この調子で、コランタンの奴に斬りかかられたら困ったものだな。
奴には魔女のこととといい、何かと問いたださなくてはならないことがある。
と、それはともかくとして。
「おい、ヒルデ、お前、ちょっと俺の後ろを走ってろ」
「なんでですの。私に指図なんておこがましくてよ、ルドルフの分際で」
「お前のことを心配して言ってやってんだろうが」
「心配、なんのことか知りませんけど、貴方にかけられる覚えはありませんわ」
「んだよその言い方。なんで俺がこうしてお前らに合流したのか、その意味ちゃんと分かってねえだろ。あぁやだやだ、これだから頭の中まで筋肉強化女は」
「なんですって。我が家に伝わる秘伝の魔術を貴方馬鹿にしましたわね」
「別にお前ん所の魔法を馬鹿にしちゃいねえよ。魔法ってのは、ちゃんとした脳みそのある奴が使えばそこそこ役に立つもんだ。つうことはだな、お前が」
「もう、二人共、静かにいっ!! 集中できないっ!!」
騒ぐ俺とヒルデにマヤは膨れっ面を向けてきた。
マヤに睨まれては俺たち二人は黙るしか無い。
俺たちは顔を合わせると、ごめんなさいとマヤに謝り口を噤んだ。
「んだよ、どっちが親だか分かんないな」
「五月蝿いユッテ。というか、個人的に親代わりにはなったつもりだが、こいつと一緒に親になったつもりはないぜ」
「そうですわ。どうして私がこんな野蛮人と親代わりなど」
「あっ、着いた、着いたよ、ここ!! ここからおいちゃんの臭いがしてくる!!」
腕の中のマヤが服を引っ張って俺を止めた。
マヤの指差した先。
そこには、ここに降りてきた時のように、石造りの階段が伸びている。
ただし、随分としっかりとした階段だ。
普通はこの手の階段は、大小様々な岩を積み重ねて、その隙間に古い時代のものであればコンクリート、あるいはコンクリートの製法が失われた近代であれば粘土質の赤土などを充填して固めて作ることが多い。
だが、これはしっかりと石材だけで段差が造られている。
流石に石質こそ違っているが、このようにサイズを合わせた階段というのは、中々に手間もかかれば金もかかる。
とうてい普通の家屋や共同の水汲み場にふさわしい階段ではない。
「おいこれ、まさかとは思うがな」
「うん。おっ、見てみろ燭台があるぜ。やれやれ、これでアタシもお役御免だね」
魔法で飛ばしていた火球を消すと、一息をついたのはユッテ。
ここまで暗い水路を進むために、ランタン代わりに火球を造ってくれていたのだ。
炎魔法を得意とするユッテでも、流石に長時間となると辛いのだろう。
しかし、そうなるとますます不安だ。
こんな常夜灯を点しているよ階段など、そうそうあるようなものではない。
暁の館でさえ灯りはなかった。
結構な距離を歩いてきたはずだが――。
もしかするとここは。
「まずい所に通じているかもしれねえな。おい、覚悟は良いか、お前ら」
返事はなかった。
そんなこと今更聞くなと横顔でヒルデの奴が語っていた。
確かに、そんなことを聞いた所でどうなることでもないな。
ここまで来ておいて、まずいから引き返すってのは妙な話だ。
なによりフリッツの奴を見捨てることになる。
顔を合わせればこの眼の前の女以上に嫌味を言い合う相手だ。
だが、仲間には違いないのだ。
「行くぜ」
ヒルデとマヤを背中に回すと、俺はゆっくりとその石造りの階段を登った。
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