第35話 マスカレード(5)
「政治とは国家だ。国家とは、第一に王の威信による統治、第二に人民による繁栄によって成される。王の権威と共に、人民の繁栄の象徴である麦を銀貨に描くことは、なんらおかしなことではない」
「それもコランタンの受け売りか」
「そう。コランタン様の目指すところは、王の権威によるローランの統一。そのためには、王権以外の全ての力を否定する必要があった」
「はっ、馬鹿なことを言うな。王権以外の否定だと」
そんなことをして、まともに政などできるはずがない。
四面楚歌。
どちらを向いても政敵という状況で、そんな理想など掲げた所で笑い草。
到底、実現不可能な身の程知らずの絵空事だ。
そう、できるはずがないのだ。
だがしかし、した、男が、確かに居る。
それはコランタン。
彼の生き様、そのものではなかったか。
「故にあの方は常に孤独で、そして、王による威信による統治がもたらされた後、静かに宮廷を去ることを選ばれた」
アルマンの言うことに間違いはない。
コランタンは確かに、政治的な後ろ盾を一切持たない、稀有な政治家であった。
いや王母の信任というものは確かに持っていた。
だが、それ以外――例えば議会との結託や、有名な地方士族との談合などといった、政治的な駆け引きとは無縁の男だった。
だからこそ、しがらみにとらわれること無く、強引なやり方で政争の相手を容赦なく葬ることができた。また、そうしなければ自身の権威を誇示できなかった。
長らく、国外ではそう考えられてきたのだ。
そうではなかった。
それは彼の政治信念のただ一面を切り取って解釈したものでしかなかった。
そうアルマンは言うのか。
だとすれば、やはり、おそろしいかなコランタン。
独裁者よりもそんな奴の方が、よほど恐ろしく、そして、よほど厄介である。
「コランタンの政治思想は分かった。それで、それが今回のラルフの件と、どう関係しているというんだ?」
コランタンの信念はともかくとして、話の核心からはズレている内容である。
アルマンの主人に向ける忠誠の根底を語られた所で、俺達にどうしろといのだ。
俺達が知りたいのは、今回の事件の真相である。
少し苛立った調子でエッボが言ったのは仕方がない。
彼は諜報員をやるにしては、いささか若さが勝ちすぎている。
駆け引きを楽しむ余力がないのだ。
かと言って、俺もこのまま、延々と、目の前の男に自らの主人の素晴らしさを語らせて、それで満足かと言われれば違う。
「話を本題に戻そう。そのコランタンが、わざわざ私欲に走ってまで、いったいどうして宮廷に戻ってきたのか。あのラルフを筆頭にして、名のしれた国内の商人たちを、始末する必要があったのか。俺達が知りたいのはそこだ」
「それを聞けば君たちと君たちの国は協力してもらえるのかな?」
協力、とは。
問いただす間もなくアルマンは口を開いた。
「コランタン様は先述の通り、自らの政治姿勢として一切の後ろ盾を否定した。否定した上で金で雇った連中を手駒に使い、力をつけ自分の意に沿わぬ動きをした者たちを、それとなく処分してきた。けれどもコランタン様とて万能ではない」
金という分かりやすい利害関係だけで結ばれた人脈。
確かに血縁や義理などといった余計な感情が絡まないだけに、簡単に切り捨てられそうなものだ。
実際切り捨てられるのだろう。
幾度と無く、コランタンに親しかったはずの人材が、適当な理由を付けられて処分されてきているのを、風のうわさで聞いている。
しかし、処分される側もそこは必死である。
そうなるまえに生存戦略を考える。
そうか読めたぞ。
「殺された、マルタン、ラルフ、この二人は、コランタンと取引があった。教皇が言った通り、コランタンは二人を処分するために、戻ってきたということか」
「いえ二人の力は大したことではありません。また、そう判断したからこそ、コランタン様は引退する際に、彼らを処分することなく、そのままとしておいたのです」
「いや待て。ちょっと話がおかしくやないか。コランタンは、ラルフが王弟派に協力したことに対してけじめを取らせるために、教皇会議にやって来たんじゃないのか」
ラルフが既に死んでいることを知らず、この一連の騒動に、裏の意図があることを知らないエッボ。彼は納得がいかずにすぐに食いついてきた。
違う、と、またアルマンが首を振る。
「問題なのは王弟派と結託した人物。そして、それを仲介しことだったのです」
「仲介した」
「いったい誰を」
こいつも相当に察しの悪い奴だ。
そんな話に食いついてくる人物は一人しかいない。
議会でも話題に上がったあの女である。
さきほどの教皇会議の話の内容を覚えていれば、彼らがどういう人物と関わり合いを持っているのか、簡単に想像ができるだろう。
王弟はのクーデターはその手際が鮮やかに過ぎるとは思ったのだ。
そこにあの魔女の手が入っていたというのなら、話は、分かる。
まったく話の流れを理解していない様子のエッボを鼻で笑うアルマン。
案の定、彼の口から出てきたのは、かの悪魔の名。
「白金の魔女」
俺の想像したものと違わないかった。
「マルタン総代は自国内での商取引での利益を高めるため。もう一つ、王弟とのコネを作り、フィエリテ商会内での地位を高めたかったのだ」
「ラルフは?」
「奴は今でこそ両替商だが、元は貧民窟を土足で慣らして歩いた斡旋屋だ。人身売買にも長じており、王侯諸侯を相手にした高級娼婦の手配師でもある」
どうしてそれをと狼狽えるエッボ。
帝国側が握っていたラルフの弱みとはその過去のことだろう。
だが、こうしてアルマンが平然と知っていることからして、それは今更脅迫に足る情報ではなかったということになる。
ラルフを担いだつもりで、逆に担がれていたということか。
殺されはしたが本当にしたたかな奴だ。
「そして奴隷商を営む要因となったのが、かの、白金の魔女だ。彼女は、ラルフに手を貸す見返りに、彼の手を借りて難しい国家間の移動を行っていた」
何の旨味もないように感じられた、クーデターへの協力が意味を持ってくる。
ラルフの目的は、かの魔女の影響力を王弟に及ばさせること、だったのだ。
そしてそれは同時に、エッボも俺たちも欺いて、彼が白金の魔女側についてた、人類に仇なす陣営から送り込まれたスパイであったという証左でもある。
すぐにそのショックと憤りは、エッボの行動となって現れた。
拳を握りしめた彼は、手近にあった灯台の壁を殴りつけると小さく唸った。
「なんてこった。俺たちはそんなことも知らずにラルフの奴を助けようと」
帝国北部の人間はネデルの動乱により、白金の魔女により手痛い眼に合わされている。魔女への恨みは、俺たち公国の人間なんかよりはるかに彼らの方が強い。
そんな相手に知らずと協力していたと知れば悔しさに手も出るだろう。
「あのゴーレムの謎がようやく分かったぜ。アレもやっぱりアイツが用意したのか」
「魔女にとってラルフは利用価値の高い相手だからね」
「で、どうして、その魔女の為に、わざわざコランタンが出てくる。引退した身だ、放っておいてお前なり、国王の側近なりに任せておけばよかったんじゃないのか?」
確かに魔女の存在は厄介だ。
だが、そのためだけに、こうして政治の表舞台に戻ってくるか。
それにアルマンが答えるよりも早く階下に悲鳴が聞こえた。
甲高い女性の声だった。
「始まったか」
「始まったか、だと?」
この悲鳴の理由を知っているという感じで、アルマンはまた窓の外を見る。
指差した先は、俺達が登っている灯台の真下。
マスカレードの会場、黒曜石の灯台である。
「マルタン、ラルフだけとは言っていない。コランタン様の手の者で、あの事件を通して、白金の魔女と通じた者は数名いる」
「んだと!?」
「それらを処分するのがコランタン様の目的。かの国をむざむざと、魔女の影響下に置かせる訳にはいかないのでね」
悪いが君たちにも協力してもらうよ。
取り出したるは黒色をした鉱石。
まるで晶石の様に尖った柱を持っているそれ。
俺はそれを過去に戦場で何度か見たことがある。
火の力を増大させる力を持っている魔石だ。
主に炎をの魔法を得意とする魔法使いが、補助のために持ち合わせている事が多い。だが、アルマンが持っているサイズのものとなると、中々お目にかかれない。
魔装とはまた違うが、厄介なものを引っ張り出してきてくれた。
俺もエッボも身構えこそしたたが、そんな凶悪な魔装を見せられては、それ以上のことは何もできなくなってしまった。
「物騒なものを取り出して、どうしようってんだ、アルマン」
「協力を。と、話の主題は言ったはずだ。どうか大陸の平和の為に、閣下のなさることを見過ごしてもらえないか」
「ならこんなだまし討みたいなことをしなくても良いだろう」
エッボが声を荒げて言う。
どんな魔装を持っているのか知らないが、大した自信である。
教皇会議の場で、この男がどれだけ高度に炎を操ったか、もう忘れているのか。
「俺をこんな場所まで連れてきたのは、邪魔されると困るからって訳か」
「君の不死は厄介だからね。まだ始末をしなくてはいけない人間は多いのだ。なに、このパーティーであらかたケリはつく。それまでここで待機して」
「生憎ながらな。大陸の平和だぁ、そんなもん犬にでも食わせておけ」
一瞬で俺はアルマンに対して間合いを詰める。
彼の掌中にある魔石に手を伸ばせば、すかさずそれを持ち上げて彼は身をかわそうとする。
馬鹿め、そんなものどうだって良い。
俺はそんなアルマンをあえて捨て置くと、階段に足をかけて、夜のロシェに向かって飛ぶ。
「なっ、馬鹿な!?」
「不死身って奴を知らなさすぎるぜ坊や」
こういう命の使い方ってのも、あるんだよ。
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