第306話 救済

 「あなたたちって人生何回目って感じだよね? 私より社会のこと知ってるし」


 まっ、まあね~俺しか知らないけど寄白さんは卑弥呼の転生体だし。

 御名隠し。

 ある意味、人をまとめる力に長けてて当然。

 なんたってひとつの国? いや、邪馬台国は国じゃないか? でも邪馬台国を治めてたんだ。

 たみを思うのは当たり前。

 ここが邪馬台国だとしたら、川相さんも救うべき存在。

 そりゃあ、頼りになるよ。

 

 「川相さん、失礼ですけど勤めていたころって一日何時間働いていました?」


 社さんは敬語で訊いた。

 寄白は川相さんと対等に話す。

 やっぱりふたりは対照的だ。


 「えっと、お昼を入れて毎日十時間弱くらいかな。といっても正午にお昼はいけないけど。それに開店前にも打ち合わせや雑用があるし、店が閉まっても服を畳んだりセールスレターを書いたり」


 「月の休日は?」


 「週休二日制で月に六日くらいかな?」


 週休二日で月に六回の休みって。


 「週休二日って週に二日休めると思いませんでしたか?」


 「うん、週休二日だから一週間に二回休みがあると思ってた」


 俺は父親にきいた週休二日の話を思い出した。

 一日、十時間働いて月に六日の休み。

 家に閉じこもった原因って川相さんだけのせいなのか?


 「それは完全・・週休二日制というものです。まったく卑怯ですよね社会って。週休二日なんて名目を使って人の思い込みを利用するんですから。週休二日とは週に必ず二回の休みがあるというわけではなく、一カ月のあいだに週に二回の休みがある週が一度以上あることをいうんです」


 そう。

 俺も父親に教えてもらうまでよくわかってなかったし。

 

 「えっ、そ、そういう意味だったんだ。私たちシフトに組み込まれててなにもわからずに働いてた」


 「ですよね。その待遇なら当然、自爆もしてますよね?」


 じ、自爆? 自爆とは? どういこと? 店ごとドッカーン?


 「うん、あったあった。ノルマ達成できなきゃ給料から天引きだし。あと接客時の服も定価の二割引きで買うの」


 はっ? そ、それが自爆。

 川相さんって完全に会社の犠牲者だろ?


 「そんなことよくやってられるねって、畑違いなところに就職した専門学校の同級生にいわれたことある」


 「当たり前ですよ」


 「でもボーナスはすこし多くもらえたし手当はたくさんついてたよ」


 「これはあくまで私の憶測ですけど。基本給を低く設定し手当の数を増やす手口でボーナスの金額を低くしてるはずです」


 「そうなの?」


 「もしかすると自爆分を基本給から引いていた可能性さえあります」


 真面目な人だったんだ。

 決められたシステムにそのまま従うくらい。

 そんなもん個人の努力じゃどうにもならないだろ。

 

 「あなたも会社のこと詳しいのね。私、あなたを最初に見たとき幽霊だって思ったくらいなのに。あだだ、どうぢてごんなごど、じっで」


 えっ!?

 な、なんか川相さんの様子がおかしくなってきた。

 呂律が回ってないけど。

 ヤバい感じ? 

 あっ!? 

 川相さんのうしろにある貯水タンクの上に、お、おむつをした赤ちゃんがいる。

 あんなところにいたら危ないし裸だから寒そうだ……だけど。


 俺とまったく関係ない赤ちゃんでもかわいい。

 なら親になったとき子どもはもっとかわいいんだろう。

 さっき寄白さんがいっていたこともわかる気がする。

 世の中はそれを許さないだろうけど、子どものためならなくなるまで脛をかじらせるって。


 ただ、俺が見てる赤ちゃんのことは心配は心配なんだけど、そのままほうっておいてもいい気もする。

 これは俺が赤ちゃんを保護するのを放棄したわけじゃない。


 だ、だって見た感じだけど、あの赤ちゃんは俺よりでかい。

 なんなんだあれ? ただ、赤ちゃんだからかわいいけど。

 あの子はひとりでどっから現れた。

 

 しかも手のひらで枕をコロコロしてる。

 さらに枕を一回転させ、また枕を転がした。

 うおっ!?

 か、川相さんがバタっと倒れた。

 でも寄白さんも社さんもいっさい慌てる様子がない。

 だが、俺も黙ってはいられない。

 俺が口を開こうとしたとき、突然、背後から社さんに口を塞がれた。

 

 「沙田くん、いいの。これで」


 寄白さんは倒れたままの川相さんのところにゆっくりと近づいていき川相さんの前髪をそっとあげた。

 夜の風が川相さんの髪をなびかせる。


 「川相さん。もう悪夢は見なくていいよ」

 

 「あでぃがど」

 

 あでぃがど……ああ、”ありがとう”、か。


 「み、美子。川相さんの意識なんてとっくにないはずなのに」


 「それでも私たちにお礼をいうなんて……」


 意識がない状態で言葉を。

 社さんの表情がいったん険しくなって、またから嘘のように優しくなった。

 やっぱり見惚れるくらいの美人ではある。

 

 ああ!!

 あ、赤ちゃんが消えて、こ、今度はサイのような吊り目で牙のあるゾウの鼻みたいな動物がいる。

 尻尾はウシのようであって足はトラ? 鵺ではない、けど、すこし接点がある……。


 その動物の鼻のさきが伸びていって川相さんの額から掃除機のように黒い気体を吸っていた。

 

 「ばくよ」


 社さんが教えてくれた。

 ああ!!

 そ、そっか、そういうことか。

 

 九久津がアヤカシを遠隔召喚したんだ。 

 さっきの赤ちゃんもアヤカシ。

 まあ、そりゃあそうか、あんなでっかい赤ちゃんいるわけがない。

 でもあれはなに? 獏は川相さんからいまだに黒い気体を吸いつづけている。

 

 「川相さんのなかにある悪夢を吸ってるの。スーサイド絵画を呼び寄せ、自分を傷つけずにはいられないほどの絶望。狂い死んでいてもおかしくないくらい想像を絶する地獄にいた。この女性ひとは強い人よ」


 社さんがそういって指差した。

 俺らの毎日が川相さんの天頂そらだったんだから。


 「人はときに失敗や挫折で動けなくなることがある。それを怖気づくなんていうけど、本当は怖気おじけが取り憑く魔障もどきのこと。怖気憑おじけづき」


 「そんなものが。そういえば睡魔とか病み憑きとか日常生活に密接した魔障があるってあの看護師さんがいってた」


 「ええ、そう。ただ怖気憑きは人の輪にいるとだいたい自然に治っていくの。人との交流が気晴らしになるから。怖気おじけを晴らしていくの」


 川相さんはずっと家のなかにいたから、それができなかった。

 てか川相さんの記憶がなくなること前提だったから社さんは自分の能力を隠さなかったんだ。

 なんだよ、結局、これもまたぜんぶ計算ずくか。

 やっぱりスゲーな、寄白さんと社さんと九久津。


 「社会との接点、人と人との繋がりがあれば人は人でいられる」


 寄白さんはそういって川相さんの前髪から手を放した。

 それ以降、獏が川相さんの負力を吸い込むことはなかった。


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