第281話 安否
さすがの座敷童も鷹司のその行為に驚きを覚え、興味の対象を逸らすようにテレビのリモコンをとった。
「ん、これかい?」
鷹司は座敷童の手のなかのリモコンの電源ボタンを押した。
――ばちん。とバネが伸びるような音がしてテレビがつく。
――鷹司官房長官。
――雇用統計の発表だけじゃなく大型ハリケーン、エスメラルダの被害がいまだに尾を引いているからでしょう。
――失業率の悪化は限定的だと?
――はい。そう考えています。
――エスメラルダによって倒産した企業も多いはずです。それにまたハリケーンが発生したとの情報も入ってきています。さらにアメリカの景気が失速するのでは?
――そこはまだなんともいえませんね。
――そうですか。今回のハリケーンアンドロメダも前回のエスメラルダと同等あるいはそれ以上の規模との予測もでていますけれど。
――アンドロメダ?
――はい。今回のハリケーンの名前です。
――なるほど。まずは午前九時。日本の市場が開きしだい注視していきたいと思います。
――日経平均にも波及するとお考えですか?
――そこまでの懸念はありませんね。
――ですが日経平均に名を連ねる225社。その関連企業の多くがアメリカに進出しているはずですが?
――はい。おっしゃるとりです。
座敷童はテレビを見て不思議そうに鷹司のほうを見た。
「これは今朝の囲み会見さ。といっても緊急会議のあとつい受けてしまっただけなんだけどね」
それでも座敷童はまたテレビに目をやり鷹司を見るを繰り返し画面を指さしている。
「テレビ局は一日に何度同じ映像を流すんだろうね? まあ、帰宅した社会人が観るにはちょうどいい時間なのかな?」
鷹司は壁の日本時間を確認してから視線を横にずらしていった。
その目が捉えたのはニューヨークの【9時42分】という時刻だ。
「といってももう十時近く。ニューヨークダウも開いてる、か」
朝から流れていた鷹司のインタビューも終わり経済人を交えた経済ニュースがはじまった。
――
――そうですね。
――
――雇用統計は昨日発表されてしまって悪材料は出しつくしましたので関係ないでしょう。おそらく大型ハリケーン、アンドロメダの発生による悲観売りでしょう。
――と、いいますと?
座敷童はつぎからつぎに目移りするようで、今度は鷹司の机の上にあるクリスタルスカルに手を伸ばしてトントンと頭をなでている。
「これは今でいうSDカードやUSBメモリのようなもで前タームからの情報が入っていたりするんだ。能力者であれば誰でも接続
総理大臣官邸内、内閣官房長官室の部屋がノックされた。
座敷童はそんなわずかなに音に身を竦める。
(この子の存在は……)
鷹司は目の前の砂時計をコトンと逆さに置く。
部屋を訪ねてきたのはアヤカシの対応にあたっている鷹司の担当秘書官のひとりだ。
「官房長官失礼いたします。いつもどおりの定例報告です」
「ああ、よろしく頼むよ」
「明後日フランスボナパルテが来日するそうです」
「そうか。わかった。くれぐれも失礼のないようにトレーズナイツは外交官待遇だ」
「はい」
秘書官は右の手首に視線をおとす。
「それでですね」
一度腕時計をながめてから、部屋の壁にあるニューヨークの【9時45分】で確認しふたたび鷹司の正面を見る。
「ニューヨークダウと関連があるのですが」
「ダウと?」
「はい。今日のダウが下げで始まったのはアメリカの老舗軍事企業のグリムリーパー社の経営が危機的状況だからです。水面下ではすでに各国の投資銀行グループが
「明日の日本株価への影響は?」
「グリムリーパーは”GR”というブランド名でアウトドア用品を各国に輸出しています。とくに”GR”のキャンプ用ナイフは有名で、一時的には日本の小売業にも影響するかと思います」
「
「はい。グリムリーパーは近日中にアメリカ連邦倒産法を申請するはずです」
「グリムリーパーの創業者は過去『円卓の108人』のひとりだったが時代の趨勢により失脚したんだったな」
「はい」
「ランダム進行性爆弾、通称
「創業者は失脚がスティグマとなり、いまだ一族の円卓への復権を夢見ているみたいです」
「ボナパルテの来日はそれと関係あるのか?」
「いえ。まったく関係ないと思います。ボナパルテはバシリスク退治時のDNAデータのコピーを求めてきていますし」
「バシリスクの?」
「はい」
「それはバシリスクが本当に日本で退治されたのか訝しんでるってことか? 他国のようにじっさいは取り逃がしたんじゃないかと」
「理由までは明かされていません。ただボナパルテも日本が改竄データを全世界にプレスするなんて考えないのではないでしょうか?」
「……九久津家の次男が確実にバシリスクを仕留めたのは間違いない。
「データを提出してもかまわないでしょうか?」
「ああ、
「はい、Y-LABの解析部がバシリスクの退治判定を出してますから。あっ!? もしかするとボナパルテはY-LABで新たに導入した魔獣や幻獣の遺伝子解析をする機器
の視察が目的なのかもしれません。数日後に記念式典があります。あの機器は
「ならボナパルテは六角市に寄っていくということか?」
「ですね……。ただ不思議なことにバシリスクのDNAのコピーをモンゴル当局も欲しがっていてハン・ホユルと連名なんです」
「モンゴル当局?」
「はい」
(……バシリスク、ミドガルズオルム、ヨルムンガンド、九久津堂流、ハン・ホユル、ボナパルテまるであの日の再現、世界の安否が気になる)
「定例報告のファイルを置いていきます。あといちおう耳に入れておいたほうがよろしいかと思いますのでいいます。G20のいくつかの国の片田舎で妖精が大量発生しているという注意喚起もありました」
「妖精? めずらしいな」
「はい。
「ご苦労」
「はい、では失礼いたします」
鷹司の労を背に受けた秘書官は突然踵を返した。
(現在、一条はジーランディアに上陸する前に世界の環境調査中。そのご終末時計を見て帰国予定。近衛は六角市の不可侵領域手前のジオフロントにいる。二条くんは六角市のY-LABに滞在中か。九条はもともと国立六角病院に出向中。ボナパルテがバシリスクのデータを探りだしたとなると……厚労省の九久津堂流のデータに気づくのは……おそらく九条、そして
「すみません。これは別でした」
秘書官が抜き取ったファイルは【NPO法人『幸せの形』不正献金疑惑】という題名のファイルだった。
「それは?」
「ああ、これは総務省の参与、
「そうか。精査よろしく頼む」
「かしこまりました」
鷹司は机の上のファイルの題名のみを確認していく。
【アヤカシ 最新レッドリスト】【財務局及び造幣局 修文硬貨 鑑定結果】
その下には【アンゴル】という字だけが見切れていて下には「G20で延長の方向」というファイルもある。
鷹司はおもむろに【アヤカシ 最新レッドリスト】を広げた。
「ああ、そうそう。もう、いいよ、出ておいで」
鷹司が誰もいない壁に向かって声をかけると座敷童はきょとんとしながら隣の部屋からでてきた。
それでもそんなことはどこ吹く風で、またさっきのように机に手をかけて上目遣いでファイルをながめている。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・確認済み 残存個体数 唐傘お化け 5体
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(五体……歴史の罪をまた増やすのか)
――――――――――――
――――――
―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます