第230話 分身(わけみ)

 おっ、エネミーと社さん無事に帰宅できたみたいでよかった。

 てか社さんこんなときまでエネミーのおもりを……お疲れさまです。

 ただ、やはりというかなんというか【Viper Cage ―蛇の檻―】はエネミーの遊び道具になってしまった。


 でも誰もなにもいわない。

 じっさい俺がそうなんだけどエネミーらしいとみんなも思ってるのかもしれない。

 むしろ逆にここでエネミーがなにも返信しないほうが心配になる。

 【Viper Cage ―蛇の檻―】を見返してみるとエネミーがそこまで変な返答をしていないことに気づく。


 今のこの【Viper Cage ―蛇の檻―】の話題をエネミーが現実リアルでしても【この人昨日の看護師さんアルな】って会話は成立するし。

 俺はまたスマホの画面を戸村さんの写真の位置までスクロールした。

 九久津がアップしたこの画像によって校長が今日会った人が戸村さんだと確定した。

 エネミーも画面づたいでいっているようにこの人が戸村さんだと俺も保証できる。

 

 今、九久津が院内で顔を合わせていて、俺と校長とエネミーのこの人が・・・・「戸村さん」っていう意見が一致したんだから【Viper Cage ―蛇の檻―】に九久津がアップした画像の人が「戸村さん」で間違いない。

 今、俺が考えたことを校長も寄白さんも同じように考えたはずだ。

 

 「あれっ?」


 そうみんなの認知が一致したと思ったときだった。

 校長はスマホを持つ手とは逆の手の人差し指をあごに当てて目を左右に動かしていた。


 「そっか、だからか~」


 誰に話しかるわけでもない、その言葉は自分に向けたものだろう。


 「お姉。どうした?」


 間髪入れずに寄白さんが訊き返した。

 そうそうさっきもこんな感じで『保健だより』の話をしてた。


 「いや、あのね。九久津くんって校長室ここからの帰りぎわすごく静かだったでしょ?」


 「ああ、それがどうした」


 そういやそうだった、九久津はなんかいいたそうだった気もする。

 

 「私もよくよく考えてみたの」


 「なにを?」


 「あのとき九久津くんだけ・・が気づいてたこと」


 「はっ? お姉なんのことだ」


 「私が思ってた九久津くんが尾行される理由は九久津くんが病院を抜け出してきたから。でも私と戸村さんがパンケーケを食べてるときだって九久津くんは尾行けられていたのよ。それってつまり戸村さんが私の目の前でパンケーキを食べてるときも誰か・・が九久津くんを追ってたってことになる」


 「じゃあやっぱり、この画像の人物とは別のやつが九久津を尾行けてたってことになるのか……。九久津が帰りぎわ大人しかったのはおそらくお姉が会ってた人物とこの画像の人物が同一人物かどうか証明されていなかったからだ……。だから九久津は黙って言葉を飲み込んだ」


 ああ~だからか……じゃあ単純に考えても九久津の尾行ってこの戸村がぞうとは別人じゃん。

 寄白さんはいつになく神妙しんみょうだった。


 「……分身わけみ


 すこしだけ躊躇いがちにいった。

 寄白さんのその言葉にどうして時差があったのか不思議だ。


 「分身わけみ……ね……」


 校長にも不思議な間ができた。

 なんだ? やっぱりこれも姉妹のリズムなのか?


 「でもあれって堂流・・のような召喚憑依者が使う能力なんだけど……ね」


 俺の疑問はすぐに解消された。

 寄白さんのいった技は九久津の兄貴の技だったからだ。

 それは寄白さんも慎重になるよな? うかつな言葉は校長を傷つけてしまう。

 それを使える能力者なのかはわからないけど……本当に戸村さんがその分身わけみってのを使ったのか? 


 「お姉がいいたいのはこの看護師が堂流くんのような召喚憑依わざを使えるかってことだろ? だか、ら、さ」


 ……? 寄白さんはスタッカートのように言葉を細かく切って伏し目がちに校長を気にかけている。

 そして話の最後はなにをいっているのかわからないままに消えた。

 でも九久津の兄貴の技の中に分身わけみがあったんだ。

 初耳だ、よ、な……けど、知ってるような気がしないでもない。


 分身わけみは自分を自分で召喚する分身ぶんしんって解釈でいいのか? それならたしかに同じ人物がこの世にふたり存在することになる。

 それって蛇がもし……。

 校長は部屋の遠くを見つめながらものすごく静かに考えごとをしていた。

 でも、今だけはなにを考えてるのか俺にはすぐにわかった。

 むしろ答えはそれしかない。

 九久津の兄貴のことだ。

 俺は校長の邪魔をしないように寄白さんの近くにいって訊いてみる。


 「寄白さん。蛇も二匹いるかもしれないって話だったけど。蛇もその分身わけみを使ってるって可能性はないかな?」


 「ない」


 そっこーで言い切られた。


 「なんで?」


 「分身わけみってのは本体は同じなんだよ。それが分かれたとしても行動理由の信念がふたつに分かれるのはおかしい。しかも蛇は約十年前から暗躍してるんだ」


 あっ!?

 そういうことか。


 「納得しました」


 たとえば「サッカー選手になりたい人」が分身わけみを使ったら「サッカー選手になりたい人」と「野球選手になりたい人」のふたりにはならないってことだ。

 「サッカー選手になりたい人は」分身わけみを使っても「サッカー選手になりたい人」と「サッカー選手になりたい人」のふたりになる。

 

 これで俺はまた新たな知識を得ることができた。

 校長は俺たちに目もくれずにまだ考えごとをしている。

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