第260話 禁断の黙示録 ―叙勲式(じょくんしき)―

 のちに三大災害魔障と呼ばれる『ノストラダムスの大予言』は犠牲者ゼロという形で幕を降ろした。

 それは稀な事象として各国の対アヤカシ局にも知れ渡った。



 その年の秋の「救偉人叙勲式」に呼ばれたのはアンゴルモア討伐の功労者の一条空間と二条晴と他は忌具や魔障医療の分野などで功績をあげた七人だ。


 待合室代わりのホテルのロビーには救偉人の叙勲式に参加するため和服やドレス姿の女性それに燕尾服えんびふくの男性など関係者が大勢いる。

 ただしアヤカシ関係の催しものということで国家の祭事でありながらもメディアの関係者は皆無だった。

 見知らぬ人同士の中でもおたがいに面識のある一条と二条は柱の陰で話をしている。


 「アンゴルモア討伐作戦で五味のおっさんは企画立案って意味で名前がないのはわかるんだけどハン・ホユルの名前が伏せられてるのはなんでだ? おまえだって世話になっただろ?」


 一条はそう二条の服の肘をつかんでさらに人のまばらな消火設備の窪みに移動した。

 薄暗い間接照明がオフレコな会話のふたりを照らしている。


 「自分でそうしてくれってモンゴル当局に掛け合ったそうよ。それが日本に伝わり日本側もそれを快諾。諸外国の力も借りたけれど日本のミームで出現させてしまった巨大なアヤカシは国内能力者にほんで退治したってアピールもできるし。一石二鳥って当局にほんの判断ね」


 「地産地消ちさんちしょうかよ。退治方法に問題ありだろ」


 「それは『円卓の108人』が介入してきたってことで各国も織り込み済みよ」


 「日本はアンゴルモア討伐作戦の旗振り役になれたってか? 途中からいきあたりばったりじゃねーかよ?」


 「そうよ。それにハンだって自分が自分がって表に出るタイプじゃないし」


 「まあ、肩に乗ってる機械とりが代わりにしゃべってる時点でそんな気はしてたけどよ」


 (シャイの最上級かよ!?)


 「ハンは誰かの手柄とか名前を残すってことに興味ないのよ。平安あの時代、兄、頼朝のためにがむしゃらに奔走したのにあの結果でしょ?」


 (自己顕示欲だらけの誰かさんたちとは大違いだな)


 「ああ。兄のために良かれと思ってやってきたのがあの仕打ちだ。もっとも頼朝は

己の意図の読めない義経のことを邪魔にも思っただろうけど才能にも嫉妬していたはずだ。結果的には頼朝が鎌倉幕府を開いたんだけどよ」


 「世界はそういう不条理でできてるから」


 「二条、そこで本質を突くなよ? じゃあほんとにハンは二条おまえに借りを返すためだけに参加したのか?」


 「そうみたいよ。まあ、なんにおいても犠牲がすくないにこしたことはないわよね?」


 「たしかにな。けど、おまえへの借りってなんだったんだよ」


  「縁、浅からぬこと。首をとったものより評価に値すべきことよ。無血開城なんてその典型だと思わない? 血を見ない解決って素晴らしいわ」

 

 「はっ!? まわりくどいな。だから、あっ」


 ふたりは係員に名前を呼ばれていることに気づく。


 「もう、はじまるみたいね? そういえば今日の式でとある魔障の画期的な発見をした人がいるみたいよ」


 「なんにしても魔障の治療に役立つならいいことだろう」


 「医療の進歩ね」


 「けど、このままだとアンゴルモアは俺とおまえのふたりで退治したってことになるぞ?」


 「いいんじゃないかしら。私にはその自負はあるし」


 (まあ、二条の神業かみわざであの作戦は終了したってのには違いねーけど)


 一条と二条はズッシリと重みのある宴会場の扉を押して中へ入っていく。



 救偉人の叙勲式のしきたりで部屋の中には「雅楽」の越殿楽えてんらくが流れている。

 天から射し込む光を表すしょうと天と地を自由自在に駆ける龍を表す龍笛りゅうてき、地上に木霊する民の声を表す篳篥ひちりき

 このしょう龍笛りゅうてき篳篥ひちりきの三つの楽器は「三官」と呼ばれ宇宙を創りだすと考えられていた。


 しめやかな雰囲気で式典は進んでいく。


 ――遅効型のピラト兆候の論文が今回の受賞理由だって。


 ――ああ、あの聖痕せいこんの。


 声を潜めた誰かの会話が一条の耳に聞こえてきた。


 (魔障の論文。九条に訊かなきゃわかんねーな。俺が訊いたところで意味ねーけど)



 「一条空間殿。このたびの多大なる貢献により救偉人の勲章を授与いたします」


 「謹んでお受けいたします」


 一条は賞状と勲章を手に一礼して右足から後退した。


 「二条晴殿。同じく救偉人の勲章を授与いたします。日本に分配されたアンゴルモアの破片の処理も八月の半ばにはすんだそうですね?」


 「はい。滞りなく完了いたしました」


 二条は勲章を手に頭を下げる。


 「それはなによりです」


 「はい」


 一条は二条のすこしうしろでいままさに【救偉人】となった二条の背中を見ていた。


 (早い話。割り振られたアンゴルモアの破片の大きさが各国それぞれのパワーバランスとメンツってことだよな。それはそっくりそのままアヤカシ防衛対策費の予算に直結する。まるで戦国武将の首取りだな。大物つまりでかいアンゴルモアの欠片を捕れば褒美も大きい。かねに付随して名誉と支配欲まで満たせる。人はむかしっからそうだった……。俺もアンゴルモアの討伐作戦を遂行したひとりとして加担してしちまってるけど、この先どうなっていくのか……? なんていっても終末時計がもう答えを出してるか?)


 一条も二条も世界が呼吸困難になっていることをうすうすは感じていた。


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