第225話 残り香

 社さんとエネミーはふたり仲良く帰っていった。

 今ごろはタクシーの中かな? エネミーぜってー車の中で首ギューンってして寝てるな。

 車のドアにもたれてる光景が目に浮かぶわ~。


 校長室にきてから社さんと九久津に会話らしい会話はなくて誰かの話に相槌あいづちを打つくらいだった。

 う~ん、女心は難しす。

 

 校長室は四階と違って照明機器があるから顔を見合わせたら表情がちょくだもんな。

 凝視できないのも当然か。

 四階は真っ暗なんだけど俺らは開放能力オープンアビリティの夜目を使ってるから部屋の明るさとはちょっと見えかたが違うんだよな。

 よくテレビでなんかで見る暗視スコープをのぞいた感じでありつつもカラフルに見えるという不思議な見えかただ。


 社さんとエネミーって帰り際の手の繋ぎかたもしっかり者の姉と幼い妹って感じだったな。

 去り際のふたりの影も寄り添うようだったけど、けっして百合ゆりではないというのだけは強調しておく。

 しっかし、あのエネミーの影に九久津の召喚した護衛のアヤカシが潜んでるとはな~。

 ぜんぜんわからんかった。


 九久津いわく「べとべと」という名のアヤカシだそうだ。

 エネミーの影に潜り込んでいるから誰にも見つからずつねに護衛できるってわけだ。

 それでいて体力を消耗するのが九久津自身ってどんだけかっけーのよ!?

 社さんわかる気がするよ俺もその気持ち。


 ただ、俺もBLじゃないことは強調しておく。

 兄弟的な好きってのはなくもないけど。 

 イケメンよ、ちょっとはほころべ。

 俺のような、ザ・ふつうはどうすればいいんだ。

 エネミーはエネミーに怪しげな者が近づくと強制的に亜空間へと避難させるシステムで護衛まもられている。

 校長室に戻ってきてすぐに九久津と読寄白さんが話していたのは亜空間の座標計算のプログラムの数値だった。


 開放能力オープンアビリティとは各自でカスタマイズすることもできるらしい。

 その調整で寄白さんは亜空間の避難先の座標を計算してたんだ。

 九久津の家にいくバスの中で寄白さんが【能力者専門校】の特待生だったということは聞いていたけどITスキルが高くてプログラミングができることはさっき知った。


 ツインテールのときの寄白さんを知っている俺からすればプログラミングなんてのは真逆のスキルっぽいのに。

 あのポンコツ感ならメカ音痴っていう先入観もある……。

 機械にボタンがあったら――ぜんぶ押しますわよ。みたいな。

 まったく人は見かけによらない。

 

 まあ、外見に騙されるなってことか。

 それでエネミーが緊急避難する経路でいちばんベストなルートを選定したらしい。

 エネミーみんなに守られてるな。

 いや、ここにいる誰もがエネミーの安全を願ってる。



 九久津はそのまま、また病院に直行するという。

 抜け出してきたんだから、当然か。

 体調も本調子じゃないんだし。

 ああーっ!? 

 しまったー!?

 社さんに「流麗」のこと聞きそびれた。

 社さんがそんな会話を誰かとしたことがあるかのかないのか訊けずじまいだ。


 まあ、しょうがないか、つぎの機会にしよう。

 次回会う予定はないけど六角市の能力者だ、いくらでもチャンスはある。

 九久津は校長室のドア側に向きを変えた。

 校長室ここからもだんだんと人が減ってくな。


 「あの繰さん?」


 九久津はそのまま部屋を出ていくのかと思っけど素っ気なく校長を呼んだ。

 なんだ? その声はなにかを探っているような訊きかただ。


 「なに九久津くん」 


 「ジーランディアの情報提供者ってどんな人ですか?」


 「えっ、どうして?」


 「いえ、ちょっと気になったんで」


 「えっと、それはあちらにも都合が……」


 そういや校長、情報を提供してくれた人とは今日会ったっていってたけど詳しい人物像はいってなかったな? どんな人なんだろ?


 「じゃあ、はっきりいいます」


 「えっ、ええ、うん。どうぞ」


 九久津は校長との間合いをつめた。

 ……なんか空気がピリつきはじめたな。


 「俺は最初においに敏感なアヤカシをエネミーちゃんの護衛に召喚しました。アヤカシのにおいに反応があればそれをキッカケして助けにいけばいいと思ったからです」


 「えっ、そ、そう。でも、えっと私に訊きたかったことってジーランディアの情報を提供してくれた人のことじゃ……」


 「はい。そうです」


 「じゃあ、それとどんな関係があるの?」


 「ああ見えてもエネミーちゃんは死者でありアヤカシです。近い種族のアヤカシが敵として近づいてきた場合判別が難しい。それならエネミーちゃん自身の影にベトベトを潜ませたほうが危機回避の判断がしやすいと思いました」


 「えっ、う、うん。たしかに私もそっちのほうが合ってると思うわ。それで?」


 「俺が最初に召喚したアヤカシは臭鬼しゅうき


 「そう。臭鬼ね。まあ、においに反応するアヤカシならベストな選択だと思うけど。でも、それよりさらにエネミーちゃんの安全性を考えてベトベトに変えたのよね?」


 「はい。そこであることに気づいたんです」


 「なに?」


 「……繰さんから俺を尾行してた者と同じにおいがしました」


 「えっ、うそ?」


 マ、マジか? 校長にジーランディアの情報提を供者した人って、ス、スパイ? 俺らを探ってるってありがち。

 しかも九久津を尾行してるし。

 あっ……背筋に悪寒が、ま、まさかそいつが蛇? 蛇の正体はそいつか?って、俺さっきから蛇の正体は誰だって考えてるけど蛇の候補者が多すぎてぜんぜん絞れてねー。

 まったく当たる気もしねー。


 「臭鬼が感じるにおいは香水の匂いや体臭なんかとは違います。どちらかというと人それぞれが纏っている微生物雲のようなものです」


 「いやいや」


 九久津がまだ話をつづけるなか校長も九久津の話に被せた。


 「九久津くん、それはないわよ。だって戸村さん・・・・は国立六角病院の看護師だもの。そんな人が九久津くんを尾行けてくるなんて」


 校長は前のめりで九久津を圧倒するように話をつづける。

 いい終わって、――あっ。と大きく口をあけた。

 その表情は話し過ぎたって顔をしている。

 情報提供者ってとむらって人なのか? ……ん? と、とむら。戸村? 戸村って戸村さん? 俺の知ってる戸村さんと同じ人なのか? 校長、今、国立六角病院の看護師っていったよな。

 

 「戸村? あの看護師がどうして俺を」


 九久津も、今――あの看護師。っていったよな。

 魔障専門看護師であってさらに戸村ってめずらしい名字なら俺の知っている戸村さんと同一人物に違いない。

 俺と寄白さんを置き去りにしたまま校長と九久津ふたりの話はつづく。

 さすがに寄白さんもこの話には興味があるみたいだった。


 逆に国立六角病院びょういん以外の戸村さんが俺らの近くにいたら驚くよ。

 戸村さんは昨日、俺の採血のときに看護師長の代わりにきた美人看護師さんであり人面瘡じんめんそうかかった”あおい”ちゃんの車イスを押してきた人だ。


 いやー、あの人が九久津の尾行をするなんてどう考えても無理だろ? なにかの間違いじゃ? ”あおい”ちゃんもなついてたし。

 ふつうに優しくて看護精神のある看護師だったよな。

 

  「九久津くん、どうして戸村さんを知ってるの? 知り合い?」


 「俺の診察のときにいた看護師です」


 な、なにー!? 

 と、戸村さん、九久津の診察のときにもいたのか~。

 いや、ま、まあ冷静に考えれば俺がいったのも九久津が入院してるのも同じ国立六角病院なんだからなんの問題もないな。

 しかも看護師という医者の傍で診察のサポートをするが仕事の人だ。

 むしろ俺も九久津も出会っていて当然か。


 「な~んだ」


 校長は拍子抜けしたように肩の力を抜いた。

 強張ってた顔も緩んだ。

 なにか問題が解決したのか? 


 「九久津くん。それって九久津くんが病院抜け出したから戸村さんが尾行してたんじゃないの? ああ見えて身体能力高そうだったよ? ナイフでビュンって反撃するみたいな」


 こ、校長、もう、ふつうに戸村さんって呼んでるし。

 隠す素振りもない。

 「戸村」って固有名詞が共通言語になったってことでいいのか?


 「……」


 けど、校長がほっこりした理由は理解できる。

 病院を抜け出す患者がいたらそれは病院側の人間として追いかけるはずだ。

 九久津も紛らわしい。

 九久津はそのまま黙ったあと一言だけ、――そうかもしれません。といって校長室をあとにした。

 ただ、なんとなくなにかをいわんとしているようで言葉をまるまる飲み込んだようにも思えた。

 

 今、寄白さんは今日あった戸村さんのことを事細かく校長に訊いてるから俺もそれに加わる。



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