第206話 厭勝銭(ようしょうせん)

 校長が電話で注文した料理は十分くらい経って最初の料理が運ばれてきた。

 それから数分間隔で料理が運ばれきて全品揃う。

 俺らは小さなパーティーみたいな雰囲気で料理を食べた。

 もう、このカラオケ店で夕食を済ませたのと同じだな。


 ガイヤーンの正体はタイの焼き鳥で意外と美味しかった。

 ただあの味じゃ大魔王感は皆無だ。

 あれをなにかにたとえろといわれても難しい……スパイシーくらしかいいようがない。


 俺の横で寄白さんとエネミーが男飯おとこめしとはなにかを真剣に討論している。

 メニュー表に男飯という表記があったからそれがふたりの標的になった。

 まあ、さっきまで”蛇”の話で頭を使ったから、今はちょうど休憩みたいなもんだ。


 「きっとメンチカツは男飯でしてよ」


 「HOMMEオムレツもそうアルな?」


 「ではHOMMEオムライスもそうですね?」


 「そうアルな」


 この「シシャ」ふたりはポンコツであり天才な……気がした。

 ポンコツの天才? あるいは天才的ポンコツ?

 


 しばらくすると自然にカラオケ大会になっていた。

 ここはカラオケボックスだったんだとあらためて思い知る。

 エネミーは本気でアニソンを歌い上げてる、というよりほぼエネミーの独壇場上だ。

 ここでエネミーは歌が上手いという新発見があった。

 かたや寄白さんはというと蝙蝠こうもりが落ちイルカが大海の逆サイドに進んでいくような超音波(?)な歌声だった。


 下手というわけではない……が、と、特徴的な歌いかたをする。

 寄白さんは十字架のイヤリングを揺らして今もまた一曲を歌い上げた。

 ただ、まだマイクがハウっていてキーンと鳴っている。

 エネミーと寄白さんは交互に歌を歌う。

 エネミーはときどき寄白さんからサビ泥棒するけど、そのまま盗ませているようだった。

 エネミーはもうすでに寄白さんから三サビはいただいている。


 俺も他のみんなもマイクを持つことはなく、ただふたりを盛り上げた。

 このふたりは歌うという部分でも真反対だった。

 「シシャ」にはそういう違いもあるんだ。 

 今日は小テストがあったり蛇のこととかいろいろ頭を悩ませる日だったけど充実した日だった。

 

 ぶぉっふぉ!!

 な、なんだ? デコにズルった感があって頭がチーンってなるような衝撃が体の中を走っていった。

 デコクラッシュのあとなにかの金属音がしてそれが何度かカンカン壁にぶつかり床を転がっていった。

 

 ゴロゴロという音じゃななくコロコロっていう軽い音。

 それはソファーの下に潜り防音壁巾木に当たってリバウンドして途中でコトンと倒れた気がする。

 俺はソファーの下のそれに向かって指先をめいっぱい伸ばし爪の先で何度かすり寄せて拾い上げた。

 

 なんだこれ? それは五円玉のような形だけど真ん中はまるじゃなくて正方形の穴があいた小銭。

 色も一般的な五円玉の金色よりももっと黒くくすんでいる。

 だがそれより目立ったのは小銭その物のデザインだった。

 四文字熟語のように上下左右に漢字が一文字ずつある。

 いや、ち、違うな、こ、これって。


 「わ、和同開珎わどうかいちん?」


 だからってわけじゃねーけど、一瞬意識もチーン!!ってなったし。

 次元を超えて小銭が飛んできた。

 和同開珎ってたしか日本最初の流通通貨って日本史の授業で習ったな。

 なぜこんな物が? 飛鳥時代からぶっ飛んできて俺のデコにクラッシュ? 俺に怨みを持つ者が千年以上前にこれをぶん投げてそれが時間ときを越えて俺にヒットしたいうことか? な、なんてファンタジーな贈り物。


 あるいはパンゲアからのお届け物が今、届いたのか? 送り主は俺か? 俺が俺に送ったのか? 社さんをはじめ校長、九久津、それに今、マイクを握っている寄白さんの顔が一変した。

 エネミーだけはデンモクを手につぎの曲を歌う気満々だった。

 みんなは俺を見ているようだけどその視線は俺の持つ和同開珎に向けられていた。

 そりゃあこんな物が突然飛んできたら不思議に思うけどさ。

 それにしてもこれはいったいどこから?


 「いや、あの、これ、なんかどっかから飛んできたんだけど……。それが俺のデコに当たって。ってかこれ本物かな……? な、わけないか……レプリカかな?」


 本当に俺はこの小銭の出所を知らない。


 「雛さん」


 寄白さんの口調が変わった、ツインテールなのにいつものアヤカシと戦うときの声だった。

 

 「私の厭勝銭ようしょうせん


 「厭勝銭って? この和同開珎のこと?」


 俺は社さんに和同開珎をかざして訊いた。


 「そうよ」


 よ、厭勝銭? そんな単語ことばはじめて聞いた。

 けど、その和同開珎がなぜ俺のデコに? それにこの張り詰めた空気はなんなんだ?


 「厭勝銭って和同開珎の別名?」


 「いいえ。小銭をかたどった護符ごふの一種を厭勝銭と呼ぶの。だからお金というよりもお守りといったほうがいいかな」


 「へ~こんなお守りもあるんだ」


 社さんの家って神社だからこういうタイプのお守りもあるのかも。

 えっ? ええー!? 

 よ、寄白さんが赤いリボンをほどいている。

 えっと、それってつまり戦闘の合図ってこと? 寄白さんは手際よく髪の毛をポニーテールに結び直したあと十字架のイヤリングに触れて戦闘態勢に入った。

 じゃあ、よ、四階でなにかがあったってことか? そしてこの小銭も社さんの能力に関係ある?


 「今、厭勝銭それがここにあるってことは厭勝銭ようしょうせんが瘴気に反応し亜空間を通ってきたってことだから」


 社さんも若干慌ててるし。


 「そうなんだ」


 結局この和同開珎の出所でどころは亜空の向こう側ってことなのか。

 やっぱり「六角第一高校いちこう」の四階。


 「みんな」


 校長のその言葉につづくのは――いくわよ。だろう。

 九久津はなにもいわずに亜空をさっと開いた。

 この行動だけでわかる……アヤカシだ。

 校長が先陣を切ろうとしたところ九久津が自分の片手で校長を遮った。

  

 「繰さんはここの会計をお願いします」


 「えっ? ええ、わかった、けど」


 「だからいちばん最後に追ってきてください」


 九久津は自分がいちばん先頭をいくことで最初に校長を四階へいかせないようにした。

 その証拠に九久津は誰も亜空間に入れないようなポジション取りをしている。

 四階に異変があったイコール四階になにか危険があるってことだ。


 九久津が校長を遮ったのは、今、六角市でアヤカシと戦っているのは俺ら現世代だからだろう。

 九久津が寄白さんと社さんより前にいるはふたりをなるべく最初に戦わせたくないから。

 とくに社さんは半年前に大きな怪我をしてるし。

 身を切るのはいつも自分ってことか? 九久津おまえはいつもそうだよな? どこか自分を犠牲にする。


 ぶぉっふっ!!

 ま、また俺のデコに……くそっ、俺のデコは賽銭箱じゃねーぞ!?

 俺は、また逃げるように床の上をゴロゴロと転がっていく小銭を手で覆いそのまま握りしめた。

 和同開珎のヤロー!!


 掴んだ状態から指を一本、また一本と上げていって拳の中を確認する。

 また年代物の通貨で上下左右に漢字が一字ずつあった。

 けど、これは和同開珎とは違う。

 今、俺が握っている古銭は寛永通宝かんえいつうほうだった。


 「えっと、これは寛永通宝だ」


 「雛ちゃん?」


 九久津は主語もなく訊いた。

 能力者たちならこれで理解しあえるってことか?

 

 「和同開珎のつぎが寛永通宝……ってことは美術室」


 社さんは視線をすこし泳がせた。

 美術室、やっぱ四階でなにかがあったんだ。

 異変があれば社さんの能力に反応するんだから、これは紛れもなく戦闘の前触れ。

 と思ってるとなんか目の前が煙ってきていた……。

 

 きゃぁぁぁ!!

 デ、デコが、さ、寒い。

 冷えるを通り越してなんか感覚がなくなってきたような。

 お、俺のデコがおかしくなったのか? ……ん? 視線に見慣れたデザインの缶がある。

 こ、これはコ、コールドスプレー。


 「さだわらし。それで冷やしとけバカ」


 寄白さんあの日からいつもコールドスプレー持ち歩いてんの? けど、これって俺のデコの治療ってことだよな? デコが賽銭箱になったから、か? ついでになぜ――バカといわれるのか……ってそれは簡単なことだった。

 俺が下僕だからだ。

 

 「トリガーノズルだ。効いただろ?」


 保健室のときも思ったけどノズルのこだわりはどうでもいいんです。

 ポニテールの寄白さんは強気な感じでコールドスプレーをCMのようにかかげていた。


 「はい。効いてます」


 ――いくぞ。と九久津がいちばん最初に亜空に入っていった。

 そこに寄白さんがつづいき社さんも追う。

 よし俺もいこう。

 俺の横にはエネミーがぴったりとついてきていた。


 「うちもいくアルよ」


 「えっ、っと、ま、まあ誰も止めてないからいいんじゃないか?」


 この場に置き去りにするのもな。

 さっき九久津もいってたけど校長は支払い関係があるからあとでくるってことだし。

 校長は案の定、手の甲を振って、――いって。の合図をしている。

 その言葉に甘えて俺は足を進めた。

 前方では寄白さんと社さんのふたりが小声でなに話をしている。


 「雛。山田の可能性は?」


 「扉を開けて四階に侵入するにはまず能力者ということが必須条件だからそれはないと思う」


 「放課後になっても尾行けてこないから校内で動いてるのかと思ったけどよくよく考えれば雛のいうとおりだ……」


 「でも、山田自身かれの意思じゃなくっていうのはありえるかも」


 「じゃあ山田を取り巻くなにか? つまりはシリアルキラーのデスマスクの大元の影響?」


 「可能でいえばね。でも四階こんかいのこととは切り離して考えたほうがいいかも」

 

 寄白さんと社さんは密接していて今だになんの話しをしてるのかわからない。

 九久津はそのふたりのはるか先を進んでいる。


 ※

 

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