第163話 新約死海写本「七つの大罪」

 「でも……外務省はすでにかなりの数の新約死海写本を手に入れてると聞きます……」


 部下は自分の予想していたことと違う言葉が返ってきてほしいという微かな希望を抱きながら近衛へと視線を移しその答えを待った。


 「ああ。相当数のY(時間)軸からの警告をきいている。おまえがその気ならファイル化したものを」


 近衛が話し終える前だった――見せてください。と頭をさげた。

 返答はやはり予想通りで微かな希望は露と消えた。

 それは当然の帰結でもある、当局内に立つ噂はそれなりの信憑性を持ってはじめて噂として広まるため当局内の噂は噂でありながらほとんどが真実だった。

 

 ただ、どうしてほぼ・・なのかそれは当局内において火のないところに煙たてる者もすくなからずに存在するからだ。

 近衛は返事をすることもなく自分のスマホをとり出した。

 つまりはそれが無言の同意だ。

 画面の上でいくつかの操作をして部下に向かって掲げた。


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1、遺伝子改造


2、人体実験


3、環境汚染


4、社会的不公正


5、貧困


6、過度な裕福さ


7、麻薬中毒


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1、理念なき政治


2、労働なき富


3、良心なき快楽


4、人格なき学識


5、道徳なき商業


6、人間性なき科学


7、献身なき信仰


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 「こ、これは」


 「何百枚にも及ぶ新約死海写本を解析して翻訳するとこういうことになる」


 「”新七つの大罪”と”社会的七つの大罪”……今の世界そのもの……」


 「たとえば”社会的七つの大罪”の”理念なき政治”を修文の連番硬貨に当てはめてみようか? するとどうなる?」


 近衛はそういったあとに口をつぐんだ。 

 部下はすこしだけ考えて近衛のこのはある種の問いだと解釈した。

 それは長年つき従ってきたからこそ感じとれるものだ。


 「そのたとえば・・・・たとえば・・・・で返します。ときの政府が人気とりのために使いやすさは二の次でイベント的な企画で通貨を発行した」


 「ありえなくもない話だ」


 「はい。乱発発行した硬貨が”理念なき政治”の結果だと十分考えられます。その仮定が正しいとするならこの平成の世界どころか修文の世界のX軸にも影響している。負力はもう両世界にまたがっ……」


 「勘違いするな」


 近衛は口を挟んだ部下の「て」と重なった。


 「ただの可能性だ。”理念なき政治 ”という文言はあまりに大きすぎる括り。わたしはおまえの思考がそう向くようにミスリードしたんだ。”理念なき政治 ”と”使い勝手の悪い硬貨”。そのふたつのお題を出せば人は勝手それを結びつける」


 「えっ、あっ、ああ。本当だ。なんとなく……結びつけて考えないといけないような気がして……」


 「惑わされるな。おまえはさっきもすぐにカタストロフィーと結びつけた。たしかにその可能性は高い。だがそうなると決定したわけじゃない。Y(時間)軸の警告は脅迫ではなく回避策を思案するための助言だと思え」


 「あっ、はい」


 部下は目から鱗が落ちるを本当に体言たいげんするような表情をした。

 

 「そ、そうですね」

 

 心の底からの言葉だった。


 「どの国の当局もそんな脅威から人を守るために日々動いてる」


 ――がたっ。


 なにかの物音につづいて近衛たちにひたひたと近づく足音があった。

 

 ――かつっ。という音のあとに数秒の沈黙があり、また――かつっと音がした。


 それが何度か繰り返されるとふたりの視線の先に木炭すみに粉チーズでもまぶしたような革靴が姿を見せた。

 その靴は足元を探るようにして地を踏む。 

 

 「おっ、っと、っと」


 すこしよろめきながら顔を出したのは近衛の別の部下だった。

 まるで商談用とでもいうような高価なスーツと高級な革靴は土埃で斑模様まだらもように汚れていた。

 その部下はずいぶんと時間をかけて地上のオフィスからここへやってきた。


 それは近衛にまた別の仕事が舞い込むことでもある。

 先にきていた部下も今ここを訪ねてきた部下も当然顔見知りで挨拶がてらに手をあげ――おう。と声をかけた。


 ――おう。それに返答して手をあげる。


 「近衛さん。空飛ぶ刀のことを調べていたら興味深い証言があったのでいても立ってもいられずにここまできてしまいました」


 「世話をかけるな。……それでどんな証言だ?」


 「刀とはまったく関係のないことなのですが……」


 「かまわない。おまえが気になったのならそれは国交省アヤカシ対策局わたしたちの仕事だ」


 「わかりました。えっと映像として残っていますのでまずはこの映像で確認してください。ちなみに証言をくれたかたは六角第四高校の周囲をランニングしていたという若い女性と同じ場所で犬の散歩していたという老夫婦のかたです。とくに飼い犬のミニチュアダックスフンドは奇妙な吠えかたをしていたとか……」



 近衛は部下の土産を見終えると眉間にしわを寄せ、指で目頭を押してから口元に手を当てた。


 「二条。今いいか?」


 『いいけど。どうしたの?』


 二条の返答はすぐに返ってきた。


 近衛は六角市の地下に潜んでいるためにやむなく開放能力オープンアビリティのである虫のしらせを使った。


 虫の報せは双方向間のテレパス能力でたがいが受信と送信できる状態でなければ成立しない開放能力オープンアビリティだ。

 さらに虫の報せは瞬間的な感覚の伝達で「危険」「逃げろ」などいくつかの単語を組み合わせるのが一般的で通話距離が長くなればなるほど情報漏洩の確率が高まるため長時間の会話には適さない。


 「二条。見てもらいたい映像がある。すぐにそれを送らせる」


 『……どんな?』


 「言葉で説明するよりも見たほうが早い」


 『わかったわ』


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