第150話 たゆたう悪
沙田が「国立六角病院」に来院する一日前。
フランスの某所。
大人が五人ほど縦横に両手を伸ばしてもまだ余裕があるほど広い
今、ここに水が流れてきても構造通りに水流が進むくらい形は留めていた。
その暗渠の中央で五メートルほどの間をとって対峙しているふたりの人物がいる。
――ビュン。
ヤヌダークの頬を火の玉に似た紫色の
ヤヌダークはいまだにジンジンするような熱さを頬に感じて手を当てた。
指先が肌に触れた瞬間にさらに鋭い痛みが頬に走る。
「痛っ……。私は火が嫌いだっていってんでしょ?」
「知ってるよ。だからさ」
「だからってどういう意味? ロベス」
ヤヌダークがロベスと呼んだ相手は怪しげなひとりの男だった。
セミロングのウルフヘアに赤いマントをまとい顔の右半分を仮面で覆っている。
その仮面がもし左右対称でひとつであったなら仮面の中央には赤いアゲハ蝶の模様があったはずだ。
ロベスの羽織っている赤いマントには西洋のどこかの王国のような紋章が施されている。
「おまえが火を嫌うから俺がその技を放ったのさ。というか俺の名前本当は
「あんたの名前なんてどうでもいいでしょ」
(本当に掴みどころのない男)
「名前って大事だろ?」
ロベスは節操のない話をつづける。
ヤヌダークはロベスの
ロベスの仮面の半分から出ている口角が上がる。
唇につられてロベスの肩が小さく
冷笑しているのがよくわかった。
「なあ、おまえさ。良い人辞めたいとか思ったことないの?」
「……転生のパラドックスのこといってんの?」
ヤヌダークはロベスの意図を探るように返した。
「ああ、そうだよ」
「ないわよ。私は私のままで生きる」
「ふ~ん」
「なに? あんたまさかこの期に及んで改心したとかいわないわよね?」
ロベスはヤヌダークに問いに「ま」と「さ」と「か」を区切って返した。
「か」をいい終えるか終えないかのときロベスは地面を強く蹴る。
ロベスはわずか三歩でヤヌダークの目の前に姿を現し下から拳を突き上げた。
ヤヌダークの
――ぐっ。
ヤヌダークはおもわず声をもらし、そのまま数メートルうしろまで飛ばされていった。
ヤヌダークはいっさい流れ逆らわずに片方の踵を地面に擦りつけ
ヤヌダークのキャタピラのような踵の跡が地面にくっきりと残っている。
「不意打ち?」
ヤヌダークは腹部を押さえてはいるけれど、まとっている甲冑でロベスの攻撃の大半を吸収していた。
「はあ? 戦闘中に不意もなにもないだろ? よくそんなんでトレーズナイツに昇進できたな?」
「それは私を評価した人に訊いてよね?」
「わかった。今度訊いておくよ」
「……?」
(毎度ながらなんなのこいつ。誰に訊くっていうのよ……)
ロベスは右に飛び、そのまま暗渠の壁を蹴って今度は左に飛んだ。
ヤヌダークはそれを見越してすでに両手で防御態勢をとっている。
ロベスは今ヤヌダークの頭上を舞い、そこで全宙してヤヌダークの脳天目がけて鋭い蹴りを見舞った。
ヤヌダークはとっさに両手を交差させてガードする。
ヤヌダークの腕に――ドン。という衝撃が伝わり、ざざっと二歩ほど後退した。
ロベスの体幹には一寸のブレもなく、ぴたっと着地した。
ロベスは間髪入れずに体を真横に三百六十度回転させ、ヤヌダークに向けてさらに回し蹴りを放った。
遠心力で威力の増したロベスの蹴りがヤヌダークの脇腹にクリーンヒットしてヤヌダークはそのまま暗渠の壁まで吹き飛んでいった。
(くそっ!?)
{{フランベルジュ}}
「そっか。おまえの能力【
ヤヌダークは
壁に突き立てたフランベルジュで壁との衝突を回避しても、その反動で首に小さなダメージを受けた。
(痛っ……)
「違うわよ」
「あっそ。それもどうでもいいや。転生のパラドックスってさ前世が偉人でも現世で悪になるやつがほとんどじゃん? 悪人が改心したなんて聞いたこともないし」
ロベスは乱れた髪をかきあげて
「さっきからなにいってんの?」
(……ダメ。あいつのリズムに呑まれる)
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