第100話 召喚憑依のキャパシティ

 姑獲鳥は上空からターゲットを見つけるとイルカが水中で放つような小さな輪っかを吐き出した。

 輪っかは小刻みにプカプカして地上へと迫っていく。


 「あれは空気砲だな。しかも遅い」


 九久津は瞬時に敵の技を見抜き、うねうねと揺れる白い輪が地上に辿りつくまでの時間を計算しゆっくりと作戦を練る。

 

 (どうする。雛ちゃんの動きも心配だし。なら、あれでいくか)

 

  {{ぬりかべ}}


 長方形の灰色の体で腫れぼったいまぶたとタレ目、大きな体とは正反対でかわいらしい小さな手足のアヤカシが九久津の目の前の地面から迫り出してきた。

 出現と同時にぬりかべのその土手っ腹に空気砲を受けた。


 ――パンッ!! とタイヤがパンクするような鈍い音がした。

 白い輪っかはぬりかべに当たると煙りのように周囲に散っていった。

 だがまたすぐに大小さまざまの輪っかは追っ手のように地上に迫ってくる。


 「意外と威力があるな。雛ちゃん、姑獲鳥の羽を狙って?」


 「うん」


 ――クァー クァー クァー クァー


 社は九久津の言葉にすぐ反応して両手を前方に出して得意の弦を放った。

 さきほどまでの戸惑いも薄れて徐々に戦闘に集中しはじめる。

 社はいつもよりもスロースタートではあったけれどふだんの動きに戻った。

 社の手のひらから延びた弦は空高くまで伸びていき姑獲鳥の左右の翼をぐるっと一周した。


 さらに二周、三周、四週と姑獲鳥の翼を幾重いくえに巻き糸巻き状にしていく。

 そのあいだもぬりかべは――パンパン。と空気砲を受けて辺りをくゆらせている。

 

 社の弦は姑獲鳥のバタついている羽の動きと連動し、さらに翼にぐいぐいと喰い込んでいく。

 

 姑獲鳥は翼のはばたきを止めらて態勢を崩し右にグラっと傾いた。

 だが魚の尾ビレに当たる部分をバタバタと動かしてなんとか浮遊状態を保っている。

 姑獲鳥は墜落寸前の巨体をうねらせ水平に持ち直した。

 その姑獲鳥の抵抗は社の弦を伝い、今度は社の体を徐々に引きずりはじめた。

 社は靴跡を残しながらズズズと前に引っぱられていく。


 「なんて重さ……」

 

 「ヤバ。雛ちゃん。無理しないで!?」


 「ううん。私は大丈夫」 


 社は左右に首をふってから両手に力を込めた。

 上空の姑獲鳥と地上で拮抗きっこうする社の弦はピンと張り詰めたままだった。


 「雛ちゃん、俺がなんとかするから。頑張って!?」


 (あの高さだと姑獲鳥ごと亜空間に誘い込むのは無理だな)


 九久津はぬりかべを隠れ蓑にして姑獲鳥の視野に入らない死角へと回った。

 ぬりかべも九久津の動きに合わせて一緒についてくる。

 ぬりかべは九久津の意図をよく理解していてその体に似合わないような俊敏な動きをみせた。


 召喚憑依のアヤカシはその術者との相性によって思考や動きのシンクロ率が変わってくる。

 今の九久津とぬりかべのシンクロ率は八十パーセントといったところだった。


 {{見上げ入道}}

 

 姑獲鳥は自分の視界から姿を消した九久津を濁った目で探しているけれどぬりかべの背中側にいたためになにをしているのかわからなかった。

 

 九久津は見上げ入道の特性である、見上げたものより高くなることを利用して一瞬で姑獲鳥の上方に姿を現した。

 姑獲鳥はまだそれに気づいてはいない。


 {{おとろし}}


 九久津はすかさず自分の足元にもう一体アヤカシを召喚した。

 長髪でありながらその中でもひときわ長い前髪を垂らした頭だけのアヤカシが姿を現した。

 ぎょろぎょろの眼で口からはマンモスの角のような牙がはみ出ている。

 その巨大な頭が重力によって姑獲鳥の背にいっきに圧しかかった。


 姑獲鳥は背中にズシンという衝撃を受ける。

 それがメリっという音に変わってからやがてメキメキという音を鳴らし姑獲鳥は真っ逆さまに落ちていった。


 ――ズシーン!! ――バッタン!! 


 そんなふたつが合わさった衝撃音が廃材置き場に響くとともに、一帯は地震のように揺れた。 

 姑獲鳥はいっきにいかりで引かれたような勢いで地面に衝突した。

 その巨体の半分を地面にめりこませて口からはブクブクと泡を吹き、翼と尾を痙攣けいれんさせている。


 姑獲鳥の落下と同時に九久津が召喚した見上げ入道とおとろしは召喚解除されて消えた。

 社はすぐに亜空間を開く。


 九久津はゆっくりと上空から降りてきた。

 九久津の着地とともに社は亜空間を閉じる。

 

 九久津の背中からは白い布がはみ出て揺れている、九久津はそれによってパラシュートのようにフワフワと地上へ降りてくることができた。

 九久津がせなにまとっているのは白い布ではなく羽子板のような形で九久津の腰にも安全ベルトのように巻きついている。

 

 九久津の腰のベルトが解かれるとそれは左右に分かれて小さな手になった。

 そのまま九久津の背面で浮かんでゆらゆらと揺れている。

 そこにいたのは白い布に小さな手の赤いつり目のアヤカシだ。

 

 「一反もめん。もういいぞ」


 九久津が感謝を込めながら、一反もめんに触れると召喚が解除された。

 その光景を見たぬりかべもおのずから消えた。

 これもまた九久津とアヤカシの高シンクロ率のなせる技だ。


 召喚術は召喚されたアヤカシが出現しつづけているかぎり召喚者の体力を消費させてキャパも圧迫する。

 役目をまっとうしたアヤカシは早期に召喚解除することが望ましかった。


 (一反もめんは別だけどぬりかべ、見上げ入道、おとろしのような重量タイプは体力使うな~)


 社は九久津からのなにかの指示があったわけでもないけれど弦で姑獲鳥をさらにきつく縛りあげた。

 姑獲鳥の地面に衝突した部分は衝撃でべっこりっと潰れている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る