第89話 能力【ウェザーマドラー】

 だが二条はまったく意に介さない。


 「秘密。守秘義務があるから」


 大人の対応に徹した二条はそのまま呆れながら寄白の腕をとった。

 寄白はその行為にじゃっかんの苛立ちを覚える。


 「へ~」


 (だから役人は嫌なんだよ。……蛇の調査か?)


 「バシリスクのほうはどうなってんだよ?」


 「ご心配なく。他の救偉人が見張ってるから」


 「堂流くんでも倒せなかったのに?」


 「九久津堂流はそういう運命だった。まあ正直な話有事の場合は当局が動くし、六角市には升教育委員長もいるし」


 「教育委員長って強いのか?」


 「強いだろうね」


 「なんだ。知らないのか……」


 二条は――ふっ。っと含み笑いをした。


 「美子?」


 けれどまるで担任が生徒を注意するかの口調に変わった。

 

 「技に希力を混ぜることでそれが麻酔のような効果になってアヤカシ側の苦痛や恐怖が軽減されるといわれている。でもそれにははっきりとした研究結果が出ているわけじゃないの。だからあんたが今したことは無駄。能力者自身がただ疲弊するだけ」


 「そうだとしても。私は構わない。」


 「あんたがそうでも仲間に迷惑をかけることがあるかもしれないってこと。わかる?」

 

 「そうならないように私なりに慎重に動いてるつもりだ!?」


 寄白も売り言葉に買い言葉でつい語尾を強めた。


 「美子。“慎重”と“身勝手”は違うのよ? ここにひとりでいるってどういうこと? おおかたアヤカシの変化を察知して独断行動したってことでしょ?」


 「先生が教えてくれたんだろ? 気圧の変化とアヤカシの関係性を」


 「あんたが勝手に私のスキルを盗んだんでしょ? 教えてもいない技を使うから精度を欠くのよ」


 「担任せんせいが【気象攪拌者ウェザー・マドラー】って当局屈指の能力者なんだから学べるものは学ばないと」


 「詭弁きべんをいわないで。たかが人体模型一体倒すのになんの罪を背負ってるの?」


 「先生には関係ねー!!」


 「しばらくしたら四階ここにまた負力が集まって新たな人体模型が動き出すだけ。四階はアヤカシをおびき寄せるための罠なんだから」


 「百も承知だ。けどなつぎの人体模型はまた別の個性を持った別個体なんだよ」


 「だから? それがなんなの?」


 二条は呆れ顔で、寄白の悩みのひとつも理解できていなかった。


 「あいつは廊下を走っていたかっただけなんだ」


 「それならあんたは校則違反をしたアヤカシを退治したってことでしょ?」 


 「違う。そんな低知能が主催するデスゲームじゃねー!!」


 「美子。こんなことに心を痛めてたらこの先持たないわよ?」


 「なんもわかってないくせに」


 (大仕事ばっかりの先生には理解できないだろうよ? 上級は具現した時点で周囲を攻撃するのが当たり前なんだから。けど日本の下級アヤカシは大人しいやつが多いんだよ)


 「困った娘ね」


 「うるさい」


 (……私がいらだつ理由。それは能力者としての同族嫌悪どうぞくけんおか? 当局のやつらは機械的に線を引いてどっかお役所仕事なんだよ。堂流くんのことを運命の一言で片づけやがって)


 学校の外では落雷のような轟音が鳴り響いていた。

 その音は六角市の北北西の守護山方面からきこえてきて、すぐに止んだ。


 「美子。そんなこといってても立てないじゃないの? ほんと世話の焼ける娘ね。ほら」


 二条は寄白に手を差し出した。

 握り返す素振りのない寄白の手を二条のスラっとした手が掴んだ。


 「う、うるさ……い。く、くろ」


 (い……わ、藁人形……?)


 寄白は意識を失いかけ前のめりに倒れ込んだ。


 「ちょっと美子。だからいったでしょ? どれだけ希力を込めたのよ?」


 二条は園児を抱き起こすような態勢で寄白の体を支えた。


 「美子。大丈夫? ここ三日は死者が消失してあんた自身の負力を受ける受け皿がないんでしょ? さらに希力まで消費してる、さすがに無茶しすぎよ」

 

 二条は寄白を放ってはおけなかった。

 過去になにがあったとしても教え子なのは変わらない。

 寄白に接する態度に厳しさはあっても、反対に思いやりもある。


 崩れ落ちる寄白の視線にはっきりと黒い藁人形が見えていた。

 ちょうど五百ミリのペットボトルほどの大きさで、まばらな長さの藁で編まれた人形だった。


 寄白は重力で頭が垂れていくと同時に視界からその藁人形を逸らしてしまった。

 床につっぷすほどの低位置から再起するようにして頭をもたげた。

 その場所にはまだ黒い藁人形が座している。

 藁の一本一本からは怨念が放たれるような瘴気が漂っていた。

 丑の刻参りで五寸釘を打ち込まれるような体型フォルムの藁人形には右手と左手がない。

 それでいながらも権威ある者が下を見下すように威圧感を放っていた。


 {{ブリーズ}}


 微風そよかぜほどの小さな竜巻が廊下の壁を伝って藁人形に向かっていった。


 藁人形は風の威力が弱いためにそれをかわすことは余裕だった。

 

 もちろん二条は藁人形の気配に気づいていて、気づいたことを感じ取らせずにノーモーションから技を放った。

 ただしそこには寄白の体をしっかりと支えていなければならないというハンディキャップがあったのも事実だ。


 「魔空間に逃げられた。四階ここじゃ大技は使えないし」


 「せ、先生、あれは?」


 「気にしないで。あんたは寝てなさい」


 寄白は不本意だと思って顔をしかめながらも、どことなく二条に体を預けた。

 

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