第76話 束の間

 今日の九久津は健康食品を食べてない、そりゃあ食欲もないか……。

 ってもう五時間目もはじまるんだけどさ。

 寄白さんは寄白さんで教室のまうしろで壁に耳を当てて拳でコンコンしてるし。

 

 おっ!?

 壁を叩く手が止まった。

 四階でなんか異変でも……? そのわずか数分後には午後の授業を告げるチャイムがなった。

 クラスのみんなは忙しなく席につく。



 「授業をはじめる前にひとつ報告だ。佐野はご家族に不幸があって早退だ。日直は学級日誌に書いておいてくれ?」


 「はい」


 「じゃあ理科の授業はじめるぞ。今日は天体のところから」


 「は~い」


 えっ、もしかして佐野が朝スマホを握りしめてたのってその関係か? 連絡を待ってたのかも。



 「地理はテストの範囲が変更になったからみんな注意しろよ?」


 「はい」


 「じゃあ、今日のホームルーム終わり。気をつけて帰れよー」


 「はーい」


 「先生。車の鍵落ちましたよ」


 「おっ、ほんとだ。ありがと」

 

 鈴木先生は誰かの言葉にハイトーンボイスで礼をいって、俺が今朝見た車種のロゴが入った車の鍵を拾いあげた。

 

 「新車ですか?」


 「おお。そうだ」


 鈴木先生は真新しい車の鍵に向かって息を吹きかけそのあとに手のひらでゴミを払った。

 生まれたての赤ちゃんを扱うような仕草さに新車への愛情が感じられる。

 よっぽど新車嬉しかったんだろうな、なんたってポケットに鍵を入れて教室にまで持ってきてるくらいだし。


 ってなんだかんだで放課後に突入してるし、もう一日が終わってしまう。

 バシリスクが日本にくるまでを逆算するとあと二日とちょっと、か。

 時間は刻々と過ぎていく。

 これは一日なにもせずにダラダラ過ごした結果気づけば夜になってるという夏休み七不思議に近い。


 「九久津、今日の放課後さ」


 俺が九久津に声をかけるとすぐに遮られた。


 「わるい。今日の夕方数式の答え合わせがあるんだ」


 「そ、そっか」


 模擬試験とか、か?

 俺たちも高二だしな? アヤカシのほかにもやることだってある……いや、九久津は本気で当局の幹部を狙ってるのかもしれない。

 省庁を狙うってことは公務員試験か? これからの生活すべてをアヤカシ退治に捧げる覚悟なのかもしれない……。

 なんか背負ってる感がすごい。

 国立病院のことはあらためて後日訊こう。


 「じゃあ、俺は校長と寄白さんとバシリスクこれからのことを話してくる」


 「ああ、沙田。頼んだ」


 「今日を抜いてあと二日。でも、きっとできることはある」


 俺の言葉が九久津に聞こえたのか聞こえなかったのかわからないけど九久津は無言で教室からでていった。


 「……」


 今、目の前に迫ってきてる上級アヤカシのことよりも、将来の日本への脅威を考えているのかもしれない。

 九久津ってそこまで考えるやつだよな? でも、そういう人こそ人を統率すべき立場に向いてるんだろう。



 今、俺は校長室にいる。

 冷蔵庫の上に置かれたシャレたスタンドライトのシェードからあかりがもれてきている。

 だいぶ日も暮れてきたな。


 「美子くるの遅いわね?」


 「そうですね? ただ昼休みに人体模型はオリンピックに出れないかもしれないって騒いでましたけど?」


 「なんだろそれ?」


 「まあ寄白さんはマイペースだから」


 「まあ、あの娘らしいっていえばあの娘らしいかな? ……それでね。××××年人の不安が負力となって鋳型が生成つくられアンゴルモアの大王は具現化してしまったのよ」


 「えっ、あの預言は外れたんじゃないんですか?」


 「いいえ、大当たりよ。でも世間は何事もなかったかのように笑い話にした。予想は大外れってね。それもそうよね? 目に見える異変なんてなかったんだもの。でもそのアンゴルモアを退治したのは少数精鋭の能力たちだった。自分の知らないところでそんなふうに戦ってる人がいるってことよ。今のこの時間だって誰かが担保のこしてくれたすこしの余暇きゅうけいじかんなのかもしれないし。私たちがバシリスクを倒すことで犠牲になるはずの誰かが救われる」


 めずらしく校長が熱っぽくむかしの話を語っていると固定電話が鳴った。

 機械的な呼び出し音は俺らを急かすようにして一定周期でつづく。


 「あっ、沙田くん。ちょっとごめんね」


 「あっ、どうぞ」


 校長は受話器を上げて本体で明滅ひかってるボタンを押し声色こえを変えた。

 お客さん用のトーンか。

 社会人ならこういう使い分けも必要なんだろう。


 「もしもし。六角第一高校校長寄白です」


 『もぉ~し~!! あ~俺っち佐伯』


 なんか陽気な感じの受話器から声がもれてきた。


 「あっ、佐伯校長ですか?」


 『そうそう。俺俺』


 「なにかご用でしょうか?」


 『聞いたよ~バシリスクのこと。もうバシリスクなんてバシバシやっちゃえばいいじゃん!?』


 「は、はあ……」


 『それでバシリスクを倒したあかつきにはさシースーでも御馳走するからさ』


 「……あ、ありがとうございます」


 『まあ、そういうこと。これ僕からのエールね。それと六角神社で祈っておくからさ。まさに神社ジンジャーエールだよね』


 「……はっ、はい。私もできるかぎりがんばりますので」


 『じゃあグッバイ。シクヨロ』


 「あっ、はい、では、つぎの六校会議かなにかで」


 『オッケー!! オッケー!!』



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