第74話 気づかい

 おっ、うわっ!?

 俺と寄白さん廊下に出た瞬間だった。

 二年B組のうしろドアの前に目の周囲を薄っすらと腫らした校長がいた。


  「あっ、おはようございます」

 

 校長もやっぱり眠れなかったんだな。

 でもここでなにしてんだろ? 校長は左手を胸元に置いて右手はドアに手かける寸前だった。

 校長が教室に入る手前で俺が声をかけたっぽいな。


 「さ、沙田くん、おはよう。あっ、美子も」


 校長は一度ビクっと肩をすくめてから自分を落ち着かせるように真顔になった。

 

 「美子、なにその古い髪飾り?」


 些細な寄白さんの変化に気づき、話題を変えるように適格なツッコミを入れた。

 さすがは姉妹。


 「友だちにもらったんだよ」


 寄白さんは徐々にフーセンガムを膨らませるように頬を膨らませた。

 

 「美子にそんな友だちいた?」


 「し、し、しーちゃんだよ」


 「へ~まだつきあいがあったんだ?」


 そんな友だちがいるんだ。


 「お姉こそ、毎日毎日寒いギャグでスベってるくせに?」


 「そ、それはダジャレ好きな佐伯校長の影響よ。韻を踏んでくるのよ」


 なんだかんだでこのふたり仲はいいんだよな。

 ファッションダサめの不思議っ娘とアイテムセンスはいいけどギャグが寒い姉妹。

 本質は似てるのかもしれない。



 ツンツンと不思議っ娘の狭間でバグっていた寄白さんが正気をとり戻したので、俺は寄白さんを引き連れてふたたび教室に戻った。

 九久津は頬杖をつき周囲の音がまるで聞こないように窓の外をながめている。

 九久津の周囲だけ時間が止まってるようだ。

 校長はただ二Bの教室をのぞきにきただけきたらしく、ためらいがちに九久津を見て校長室へと帰っていった。

 九久津を気にかけて様子を見にきたんだろう、そりゃあ気になるよな。

 

 六角市を守護まもってる寄白家、九久津家、真野家の三家。

 その三家には昨日の時点でバシリスクのことは連絡済みだろうし。

 そうなると当然九久津もその話は耳にしてるだろう。

 

 あれっ? そういえば九久津、いつも朝にやってる公式を解いてない。

 まあ、そんな気にもなれないか、さすがに今日は心ここにあらずだ。

 九久津が広げているノートには燃え尽きたように、わずか三つの単語だけがあった。

 罫線に沿って横並びにならんだ文字は九久津らしいといえば九久津らしいけど。


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「新月」「lim」「Q.E.D」


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 今、二年B組の教室には生徒がもうひとりいた、それが佐野和紗さのかずさだ。

 佐野は教室に生徒が増えてきてもまったく興味を示さないほどスマホの画面に集中している。

 ゲームってわけでもなさそうだ。

 佐野はそわそわしながら前屈みの姿勢で念でも送るようにスマホを握りしめた。

 佐野も佐野で心ここにあらずな感じだ、俺ら高校生いろんなことがあるな。


 窓をながめていた九久津がゆっくりと俺のほうへと振り返った。


 「沙田一度目を診てもらえば?」


 あっ、九久津昨日のこと気にしてくれてたんだ。


 「いや~あれを診てもらうっていっても、さすがにどこにいっていいのか……」


 俺がそう返すと九久津はスマホを持って操作をはじめた。

 すぐに俺のスマホが反応した。

 

 「……ん?」


 ああ、チャットのアプリにしたのか。

 俺は画面をタップしてチャットにログインした。


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九久津毬緒:国立六角病院


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 ……ん? 六角市に市立六角病院はあるけど国立の病院なんてないぞ。




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沙田雅:市立じゃなくて?


九久津毬緒:そっか、まだ知らないのか。口で説明したほうが早いからあとで教える。


沙田雅:わかった。


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 俺がそう文字を打ち終えたとき、制服の肘あたりが数回引っ張られるのを感じた。

 よくドラマなんかで見る迷子の子どもが服をツンツンしてるあの感覚だ。


 「……?」


 「九久津さんは優しくてよ?」


 よ、寄白さん? 寄白さんは俺の制服の肘を親指と人差し指でちょこんとつかんでいた。

 そのまま俺を見て十字架のイヤリングを揺らしニコっと微笑んだ。


 「えっ、ああ。知ってるよ」


 今日の天真爛漫さは九久津への気づかいか? 寄白さんなりに重い空気を変えようとしてるのかもしれない。

 俺も寄白さんにそう答えたあとスマホを手に「校長が六角市の結界の間違いを自覚していて、また勉強し直す」っていう昨日の俺と校長の会話をチャットに書いた。

 九久津は一言で理解してくれた。


 やがてクラスメイトたちも全員登校してきて、一時間目の授業がはじまった。


 「さあ公民の教科書開いて。今日は日本の死刑制度についてだ」


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