第71話 接近

 「寄白校長」


 すこし大きめの頭が部屋の中をのぞきこんできた。

 それは羽織袴はおりはかまを着たどこかのおじいちゃんで、白髪と白い髭がドアのあいだで空調になびいている。

 誰かが間違って入ってきたのかもと思ったけど校長の名前を呼んでるってことは顔見知りだよな? でもなんかスゲー位の高そうな服装だな。


 「あっ、升教育委員長まだいらしたんですか? どうぞお入りください」


  校長が小上がりの上で急激に立ち上がると、小さく一礼してスーツのしわを叩いて伸ばした。

 しわが整ったのを確認すると両手で左右の髪をきスマホをラウンド型のバッグにしまう。

 校長が慌ててる? 誰だこのおじいちゃん?


 「ほほほ。寄白校長が気になってのぅ。きみが沙田くんかい?」


 のっそりと部屋に入ってきたおじいちゃんは待ち合わせ相手に会ったように微笑んだ。


 「えっ、あっ、はい」


 「わしは教育委員長の升ってもんじゃ」


  こ、この人が教育委員長……って……ただの、ぬ、ぬらりひょんじゃん!?

 アヤカシが人間に化けることって……今までの情報からするとありえる話だよな?


 「あっ、はじめまして。六角第一高校二年B組の沙田雅です」


 「ほほほ。やっぱりそうかい」


  俺が目を合わせると目を細めて穏やかにニコニコと笑っていた。

  アヤカシが化けたにしてはなんつーかほんわかしてるな。

 邪気みたいなそういう雰囲気がいっさいない。

 う~ん、ふつうの人間かもしれない。

 「シシャ」のようにぬらりひょんが人間の中に紛れ込んでるって可能性は低そうだ。


 「は、はい」


 てか、教育委員長また校長を説教しに戻ってきたのか? あ~また校長がヘコんでしまう。

  なんとか「シシャ」の件を擁護ようごしないと……俺は思うよりさきに口がでた。


 「あの、校長先生は悪気があって解体工事をしたわけじゃないんですよ。えーと校長にもいろいろと考えがあってですね。あの、その」


 「……ほ?」


 校長が升教育委員長と呼んだおじいちゃんは不思議そうに髭をさすっていた。

 そのたびに羽織袴の着物がかさかさと擦れる音がした。


 「さ、沙田くん違うの!!」


  えっ!?

 校長が慌てながら俺と教育委員長のあいだに立ち、どっちを向くかで右往左往している。

 校長いったいなにが?


 「校長査問員会でシシャのことを怒られたんじゃないんですか? だからその原因になった六角第四高校よんこうの工事は誤解だったといおうと思って……」


 なんだ、どういうことだ? じゃあ俺が小会議室ここにきたときの校長の尋常じゃないほどの落ち込みようはなんだったんだ?


 「ご、ごめんね、沙田くん。あの解体工事はまったく関係なかったの。シシャの一件は別の要因だったのよ」


 「えっ!? そ、そうなんですか?」


  な、なんだと!!

  あれが関係ないなら俺が小会議室ここにきてからの心配はなんだったんだよ!?


 「じゃあなんであんなに落ち込んでたんですか?」


 「それはバシリスクが……」


  校長は申し訳なさそうに片目をつむった。

  表情そのものが――しまった。といってるようだった。

 

 「えっ、バシリスク?」


 バシリスクってとくに校長と九久津にとっては因縁の相手。


 「ええ。二年前にヤヌダークがバシリスクと対峙して倒せなかったらしいの……」


 「えっ、ヤヌダークってバシリスクと戦ったことがあるんですか?」


 「そうでらっしゃいますよね。教育委員長?」


 校長が教育委員長に話を振った。


 「ああ。そうじゃよ」


 「それがどんな状況だったのか。教育委員長はご存じなのでしょうか?」

       

 「偶然他のとバッティングしたと聞いておる」


 「そうだったんですか。まあ他にあいてがいたならしょうがないですけど。本音をいうならバシリスクはやっぱり日本で倒さなきゃいけない、待ってるだけじゃダメなんです!!」


 校長が元気をとり戻したのは宿敵の話題で自分を奮い立たせるためか? 人って明確な目標があるほうがやる気が出るしな。

 一週間後に中間テストがあるとか来月は模試があるとか、あらかじめ行事が設定されていれば準備はしやすい。


 「でも、今、バシリスクがどこにいるかわかってるんですか?」


 俺は校長と教育委員長どっちにともなく訊いた。


 「それが……もうすぐ日本に上陸するの」


 答えたのは校長だった。

 俺はその報告を聞いて驚愕した。

 それはこれからさきの校長と九久津のことを考えると気が気じゃなかったからだ。

 なんせ九久津はあんなトラウマを抱えてる。

 一瞬だったとしても座敷童に怒るような態度をとってしまうくらいだ。

 あいつがこの事実を知ったらきっとふつうの生活なんて送れないだろう。

 そして当局もこの事実を九久津に伝えないわけがない。

 隠し通せるようなことでもないだろうし。

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