第47話 冷たい花園

 「知覚過敏ちかくかびんでして?」


 寄白さんはこの状況を把握していないのかキョトンとした顔のまま首を傾げて、子どもがお菓子を持っているような格好で訊いてきた。

 六つの十字架イヤリングが地震のときの電線のように周期的に上下している。

 俺が顔をピクピクひきつらせていても、いつも以上に幼児っぽい微笑みを返してきた。

 相変わらずぽわ~んとしてるな? この隙に窓の反射を利用して、み、未確認な繊維の色でも……と思ったけど、む、無理だった。

 太ももが鉄壁のディフェンスを敷いてる。

 かつてのイタリア代表か? そもそもカーテンで仕切られててガラスを利用できねー。

 

 「この若さで俺の腰が知覚過敏だとでも?」


 「ええ、そうでしてよ?」


 たぶん歯以外は知覚過敏にはならないと思うけど、このさいそれはどうでもいい。


 「昨日腰を打ったんだからふつうは湿布的成分を配合したものを使用するじゃん?」


 「打撲ならば冷やさなくてはでしてよ?」


 「”打撲なう”なら即効性のあるコールドスプレーでもいいけどさ、勝手にワンランク上の冷たさにしないでくれるかな?」


 「口答えでして?」


 寄白さんは頬を膨らませて、俺の瞬きのタイミングを半テンポずらし俺の顔にコールドスプレーを吹きかけてきた。

 スゲー高等テクニックだ。

 

 「ぶはっ!?」


 それを二度も三度も繰り返すなんて、もはや戦闘に等しい噴射タイミングだ。

 

 「きゃぁぁぁぁぁ!! なんだこのセンセーショナルな感覚!!」


 さらにとどめの一撃だといわんばかりに、鼻の奥にも一発やられた。

 これが下僕の待遇か、口と鼻の交差点が氷河期だ。

 寄白さんは軽くおいかりになったらしい。

 噴出口が素早く移動するのが見えた、今度は俺の眉がピンポイントで凍っていた。

 心なしか指に込める力も強まった気がする……。


 これってはたから見ればヒマラヤ登頂を成功させてインタビューを受けてる人だろう。

 てか、どんな理由があればあんなに険しくて過酷な山に登ろうと思うのか? 寄白さんは俺が身悶えていてもなおもしつこくスプレーを吹きつづけてきた。

 それどころか俺の隙をみて背中を多目的スペースにして絵を書きはじめる始末だ。

 っつ、冷っ、った、いっ!!

 瞬間的に背中に薄氷が張るのがわかった。

 スプレーの発射音とともに俺の背中は室内との温度差を感じる。


 「ダ、ダメだ死ぬ~」


 「待ってらして。もうすこしで五芒星が完成しますわよ」


 「せ、背中を守護しなくても」


 俺が悶えれば悶えるほど寄白さんはボタンを強めに押した。

 まるでそういうテクニックがあるかのようだった、やはりドSなのか? 俺は実験体なのか? まあ、本来の性格を考えればそうだろうな。

 今はツインテールでかわいいぶん、ポニーテールのツンツンより悪徳商法なみにタチが悪い。

 でも俺は人相の悪い悪人よりも無表情な悪人のほうが多いと思ってる。


 「きちんと手当しないとダメですわよ」


 「こ、これが手当になるのか。うはっ!?」


 寄白さんはまた俺の背中に強めにコールドスプレーを吹きかけたあとスプレー缶のノズルを引き抜いた。

 どこに隠し持っていたのか知らないけど、さっきまでの噴射口とはあきらかに大きさの違うノズルに交換した。

 えっ、なに、あなたはそういう職業の人? ノズルプロフェッショナル的な?

 助手に向かって


 ――おい、〇、五ミリノズルよこせ。


 ――はい。ボス。


 ――バカヤロー!! これ〇、二ミリだろーが。


 って感じのノズル界の大師匠おおししょうか?

 

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