第38話 決戦

 「六角第一高校」四階。


 真野絵音未は黒い蜃気楼のようになってそこに居た。

 全身の表面に凹凸おうとつはなくただ頭部、胴体、手足と判別できるていどで浮遊している。

 その人型からは小動物や赤ん坊くらいなら浴びただけで命を落としてもおかしくないほど漆黒の瘴気が放たれていた。


 寄白と九久津のふたりが真野絵音未を前にして、それぞれがたがいを邪魔することなく臨戦態勢をとっている。

 真野絵音未から流れる瘴気は波打ち際の水しぶきのようにいったん爆ぜてから地を這う蛇のごとくゆっくりゆっくりと標的へと忍びよってきた。

 

 {{シルフ}}


 九久津は瘴気の流れを風でかきけした。


 「シシャのブラックアウトなんて笑えないわね……?」


 寄白はすでに右耳のイヤリング三つを失っていて、左耳の三つの十字架だけが残っている。

 イヤリングを使いきった右耳にはまるで墓碑ぼひょうのように三つの赤い跡があった。

 反対に左耳の三つの十字架は諦めを知らない勇者のように黒い輝きを放っている。

 

 「くそっ……」


 九久津は顔を引きらせた。


 『スベテコワス』


 今、真野絵音未は内包していたマイナスの力が解放されて、ただの破壊者となっていた。

 この場に嵐のような轟音ごうおんが鳴り響き、強烈な風が吹き荒れる。

 瞬間最大風速などで表現するなら約六十メートル、簡単に木々が飛んでいくようなレベルの風が寄白と九久津に向かってきた。

 寄白と九久津は強風に揺らぎながらも両手で風を受け流す。


 ――グァーッツ!!

 

 真野絵音未は真夜中の森に響く獣のような雄叫をあげた。

 景色が歪むほどの力で四階全体が振動している。

 空間は拍動するように大きく膨張し、ややあって自然収縮した。

 

 「亜空間がこんなに揺れるなんて……」


 九久津は驚きながら視線を左右に泳がせた。


 「シシャの反乱ってわけね」

 

 寄白は目で九久津になにかの合図を送った。

 九久津はそれにうなずくこともなく、瞬時に寄白の意図を理解した。


  {{}}


 寄白は防御態勢を素早くほどき、廊下の壁を支点にして三角飛びで真上に飛んだ。

 真野絵音未より高い場所にある階段状の木の板に足をかけてさらに駆けあがっていった。


 「沙田がくれば……」


 九久津は頭の中でスーパーコンピュータのように幾通りのもの戦闘シュミレーションを繰り返してこの状況を分析している。

 そこで弾き出された結果はやはり沙田の力が必要不可欠だということだった。

 だがこの経験則が九久津の判断を鈍らせた。


 「さだわらしなんて当てにならん。私たちで倒す。寄白家と九久津家、それに真野家。その三家でちょうどいいじゃないか!?」

  

 寄白は真野絵音未の頭上で十字架のイヤリングを耳から引きちぎるようにして外した。

 ポニーテールが不規則に乱れている。

 寄白は木の板の上からさらに宙へと舞うと木の階段は自然に消滅した。

 

 {{グレア}}

 

 寄白の周囲には氷柱つららのような無数の光が点在している。

 刹那、肉食動物が餌に襲い掛かるように何百本という光の針が息つく暇もなく真野絵音未を貫いていった。

 同時に寄白は廊下にストンと着地した。


 ――ズサッ!! ――ズサッ!! ――ズサッ!! ――ズサッ!!


 真野絵音未は無数の光の針に貫かれて串刺しになっていた。

 

 『キカヌ』


 真野絵音未はハリセンボンのように刺さった針を剥き出したままで体をいったん縮ませた。

 

 『ムダダ』


 真野絵音未のときとは似ても似つかぬくぐもった声を合図に外側に力を放出した。

 光の針は勢いよくビュンビュンと空を裂き自然排出されていく。

 針は床に刺さる寸前で液体のように融解していった。

 

 「美子ちゃん、どうする? グレアを使ってもあのていどのダメージだよ?」

 

 「裏に生きる者は裏で決着をつけるんだよ!? それに絵音未はずっと私のうらを引き受けてきたんだ。これは私自身の責任でもある。抑圧されることに疲れてこうなったのならそれも理解できる」

 

 「そうはいっても、今まで使者・・死者・・が戦ったことなんてないんだよ!?」

 

 九久津は眉をひそめながら一計を案じる。

 

 「わかってるわ。そんなこと!!」

 

 「九久津家は寄白家の補佐役だ。従うよ」

 

 {{ゴーレム}}


 九久津の体が制服もろとも硬化した。

 表面は水晶のようにツルツルでいながらも岩石のように重々しい。

 九久津が体を動かすたび建てつけの悪い扉のようにギシギシときしむ、九久津は防御力と引き換えに機敏性を捨てた。

 一歩足を出すたびに四階にズシンズシンと地響きがする。


 「よし、いくぞ!!」


 寄白は右端のイヤリングを強く引き抜いた。

 

 {{ツインクル}}

 

 大小さまざまなかがり火のような輝きが真野絵音未の周囲を囲んでいく。

 その中にあるたったひとつの巨大な光の粒がすべての光を統率している。


 「いけっ!!」


 小さな光の粒がコマのように高速回転して真野絵音未の体を四方八方から抉っていく。

 光の粒が真野絵音未の黒い体に進入を試みている。

 真野絵音未の体はカンナをかけられたようにギュルギュルと削りとられていった。


 「つぎだ!!」


 今度は小さな光より一回り大きな光の粒が真野絵音未を撃ち抜いていく。

 真野絵音未の体に触れられずに弾かれる粒もあれば、体を射抜いていく光の粒と様々だった。

 

 「さいご!!」


 自立回転して威力を高めていたいちばん大きな光は竜巻ように旋回しながら絶好のタイミングで真野絵音未の体の中央に体当たりしていった。


 ――ドスン。と、真野絵音未の体がそのまま「く」の字にひしゃげた。


 『コロス』


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