第8話 七不思議製作委員会
転校から一週間が経った。
同じ市内で転校したというゆとりもあって学校生活にもそれなりに慣れた。
キャラが立ってる生徒は今のところ寄白さんと九久津だけのようだ。
隣の席の
どうやら転校初日の朝教室にいた四人のうちのひとりらしい。
キャラとかそういうのにはまるで無縁だけど良くも悪くもフラットだ。
まあ、寄白さんと九久津のふたりが特種なだけで、あとの生徒はふつうってことなんだろうけど……。
黒板に向かってる先生に対して当たるか当たらないの瀬戸際に消しゴムカスを飛ばすやつ。
カンチョーをしようとして怖気づくやつ。
先生のうしろで気配を消し体を傾けて両手ピースで記念撮影のようなポーズをとってるやつ。
そんなチャレンジャーを含めてもこんな原始的なイタズラはふつうの高校生だよな。
転校前にいた「六角第三高校」のときとあんまり変わらない。
きっと先生たちも気づいてるんだろうな、なんせ教室の中にクスクス笑い声がしてるから。
俺はそんなことを思いながらノートをとっていた。
※
だが異変は昼休みに起こった。
な、なんだ? 男子も女子も不良のような生徒もごちゃ混ぜでみるみるうちに人だかりができた。
この混雑ぶりはときどき日本で発生するゲームの新作やスマホの新機種発売に匹敵するな。
集まった生徒たちは教卓を見つめていた。
壁時計をながめたりスマホや腕時計で時刻を確認している生徒もいる。
なにがはじまるんだ? 俺の目の前に坊主よりはすこしだけ髪の長いずんぐりむくっりした男がいる。
男は生徒手帳のメモ欄に書かれているなにかの文字を指でなぞっていた。
手帳には学校で配布されたプリントを小さく切った物や、家庭用プリンタで印刷したような女の写真が収められている。
そんな写真だから画質も粗くて誰なのか判別不能だ。
アイドルとかなのか「
俺はおもむろにその男の肩をポンポンと叩いた。
男子生徒は不愛想に俺を見返してきた。
邪魔してしまったか……。
「なにか用?」
じゃっかん語尾がきつい。
「あの~これからここでなにがはじまるの?」
「えっ!?
「はっ?」
「きみ知らないの?」
「えっ、ああ」
あきれたように俺を見てる、って憶測するに……一校では当たり前の行事ってことだよな。
「あっ、俺、一週間前に転校してきたばっかりなんだよ」
俺は自己保身に走った。
「ふ~ん。じゃあきみはシシャの可能性があるんだね?」
おっと、なんつー返しをしてくるんだ。
誰かわからない二年A組の生徒よ、いちおう同学年じゃん。
彼が手にしてる生徒手帳でなんとか学年とクラスだけはわかった。
でも名前まではわからない。
「ま、まあ、確率でいうならそうかも……な。でも俺はシシャじゃないよ」
「なら、なおさら委員長の話を聞きなよ!? それとひとつ
山田と名乗った男は俺を流し目で見てる、が、重要人物なのに俺よりもふつうの生徒っぽい。
山田は姿勢を正すと生徒手帳を制服の内ポケットにしまって黒板をながめはじめた。
これからの出来事が待ち遠しいとでもいわんばかりにソワソワしてるし。
「お、おう。あ、ありがとう山田くん」
……あ、甘かった。
一週間では学校のことなんてなにもわからない。
また変な儀式がはじまるのか? ただ百聞は一見にしかずだ。
とりあえず最後までつきあってみるか。
人ごみに紛れた生徒たちの頭上から教室の前のドアが開くのが見えた。
開かれたスライド式の前扉がまた閉まると教壇までの道がモーセの十戒のように割れた。
ペタペタとした上履きの音で黒板の前に人が近づいてくるのがわかった。
教師は自前の靴だからこの足音は生徒に違いない。
群衆(?)は
「六角第一高校七不思議製作委員会。委員長の九久津毬緒です!!」
く、九久津が委員長かよ!?
やっぱ憑依してないと優等生……な……の……か? ノートにも難しそうな公式とか書いてたし。
ただ九久津のキャラは掴めん……謎だ、謎すぎる。
ただの残念イケメンなのか?
「七不思議製作委員会は生徒会の外部組織であることは生徒諸君もご存じでしょう!?」
なんか
俺は転校初日に風紀委員は機能してないのか?って思ったけど変わりにこんな変な委員があるとは。
教卓に両手をつき熱弁を振るう九久津はどこかの国の独裁者を思わせた。
なんか殺気がもれてるような……。
「――どうしてこうも七不思議がフルコンプされている学校がすくないのか? たいてい五、六個しかない。さらには五番目六番目が【七番目を知ると死ぬ】と手抜きをした学校も多い。まことに由々しき事態です。実質五個の七不思議。こんなことでいいのでしょうか!?」
九久津が拳を高らかに突き上げると拍手が起こり口笛が鳴って観衆のテンションが上がった。
他の生徒たちも九久津に合わせて拳を振り上げている。
あちらこちらで生徒が手を突き上げはじめた。
バラバラだった腕の動きがいつしか統一されてひとつの大きな波のようになっていった。
ヤベーじゃん。
「我高だけは、せめて我が高だけは高クオリティの七不思議を創り出そうじゃありませんか!?」
いい終わると九久津は教卓をドンと一回叩いて眩いばかりのキメ顔を見せた。
おっ、さすがはイケメン。
かっこいい顔はやっぱりかっこいい。
生徒たちもそれに呼応してるし。
――きゃぁぁ!!
――委員長~!!
女子生徒の黄色い声に混ざってふたたび大きな拍手と歓声が沸き起こった。
やっぱり女子ウケ抜群だな。
「我々六角第一高校から直線距離で三十キロ先に六角第二高校があります。それと同じくここから直線距離で三十キロ先に六角第三高校があります。その二校でも七不思議は【七つ】存在しないと聞きます。ここで問題なのはやはり【七番目を知ると死ぬ】という
観衆たちは興奮してしばらくのあいだドヨメキがつづいた。
それぞれに合いの手を入れて九久津を気分的に持ち上げている。
沸騰した熱はまだまだ冷めそうにない。
「そんな
日本を相手にしちゃったよ!?
前言撤回、憑依前の九久津はけっこうポンコツだったようだ。
七不思議なんてどうでもいいだろうが。
学校の七不思議って、俺が「六角第三高校」にいたころにもいくつか聞いたことあるな……。
てか、こんな学校だし寄白さんがホームルームでうろついていても誰も気に留めないはずだ。
しかも六角市は「シシャ」が潜んでいるとされる町、すこしくらいの不思議に寛容なのも当たり前か。
「現在、我が高の七不思議は――」
九久津は白いチョークを手にした。
【走る人体模型】
【ストレートパーマのヴェートーベン】
【段数の変わる階段】
【誰も居ない音楽室で鳴るピアノ】
【飛び出すモナリザ】
【七番目を知ると死ぬ】
カツカツと字画と同じ回数の音がした。
黒板には達筆な文字で「六角第一高校」の七不思議が書かれている。
九久津は白いチョークを赤いチョークに持ち替えると七不思議ひとつひとつを二重丸、三重丸で囲んでいった。
「そう、この六つです!!」
チョークの先でコンコンと黒板を二、三回突く。
とくに念入りに叩いたのは【七番目を知ると死ぬ】の項目だった。
そこがいちばん重要なんだろう。
「残念ですが我が高も例にもれず、実質、七不思議は六個しかないのです。それに【段数の変わる階段】など怪談としてはレベルが低い。段数の変化など怖くない!! というか階段が一段増えたところで誰が気づくだろうか!? 毎回毎回段数を数えるなんて交通量調査の人がやるくらいでしょう!!」
階段と怪談が混ざっててややこしいな……混乱するわ~?
なんかもう絡まり合っててわけわからん。
「いいえ段数の変化は大事なことでしてよ。初段だと黒帯です!!」
えっ、よ、寄白さん……? 俺はその場で屈んで生徒たちの足元からその声がした場所をのぞいてみた。
例の十字架ピアスが目に入った。
間違いなく寄白さんだ。
また異次元ガールがなにかをいい出した。
寄白さんは教壇の最前列で体育座りしながら集会に参加していた。
良い席確保しましたね、って褒めてる場合じゃねーな。
「あなたは正しい!! そのとおり!! 我が高の階段は初段から段数が合わない」
九久津は寄白さんをピンポイントで指さした。
俺には寄白さんの横顔しか見えないけど、九久津に指名された寄白さんはまるで懸賞にでも当選したような笑みを浮かべていた。
寄白さんと九久津なぜそこで通じ合うのか?
「そうですの。わたくし一段目だと思ったら七段目だったことがあります。黒帯が七段でしてよ!?」
「それは困りましたね~?」
これはたぶん空手でいうなら【初段(一段目)は黒帯なはずなのに、一歩目から七段目だった】という怪奇現象のことだろう。
by
「委員長聞いてくださる? わたくしこの前【初段とは厳密には一段目のことではないのですのね?】と思っていましたら五段目のような七段目でしたのよ?」
問答無用で七不思議発動!!
ムズい、翻訳放棄。
九久津が使ってた謎の公式を使えば答えは出るかもしれないけど。
その場に一瞬謎の沈黙が訪れた。
「……」
水を打ったような静けさとはこのことだな。
「……」
そうなるよね~まったく意味不明だし。
最終的な着地点はなにひとつ見えずにこの集会はウヤムヤのままで終わった。
この会の目的はなんだったんだ? 俺がそう思っていてもいまだに興奮は冷めやらない。
生徒たちは――アンコール。と繰り返し叫んでいる。
中には
どころじゃない、逆ダイ、コロダイ、モッシュまでしてる。
中規模フェスか!?
まさかツーデイズとかじゃないだろうな? て、てか、山田もノリすぎ!! ライブで豹変するタイプのやつか!?
※
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