第7話 お供に剣士はいかが?


「――あらあら。ようやく来てくれたのね。寝ぼすけさん」


 電話で呼びつけられた僕が、店をノックすると。

 通称『変人通り』。アダムミストストリートの住人としてふさわしい、そんな『ご挨拶』を返してくる銀髪の少女が出迎えてくれた。


 相変わらず、美しい顔立ちに小悪魔めいた笑みを浮かべて。


「……人が心地よい眠りについているときに、呼び出してくれてどうも」

「ふふ。労働はアストレア国民の義務ですもの。いつまでも眠りを貪っているのはよろしくないわ」


 正論なんだけど、一日中カビでも生えてそうな『専門店』の中にいるオリゼにだけは言われたくないな。

 しかしどういうわけか、僕の不満げな眼差しに、なぜかオリゼは嬉しそうな顔で、


「そうそう。先日借りた本なんだけどね、なかなか楽しめたわよ。最初は童話小説なんて聡明な私の読み物じゃないと思っていたけど、あれでなかなか最後は残酷なのね。気に入ったわ」


 ……よくいうよ。その子供ロリっぽい見た目で。


「あなたに貸していた本は、どうだった?」

「まあ、まずまずかな。借りていた三つの本のうち、どれも巷で流行っている話に違わない名作が揃っていたよ。名作というのは心が豊かになるね。……ただ、そのうちの最後の一冊だけは、特別気に入ったから買い取りたいんだけど」

「……? そう? べつに構わないけど」


 そんなに気に入った? と、不思議そうに小首を傾げてくる。


 ……言えない。

 寝ぼけて、本のページを汚してしまったことなんて。


「今日呼び出したのは、また本の交換をしたいからかな?」


 僕たちは、先週の出来事以来。たまにこうやって本の貸し借りをしている。

 どちらが、どう持ちかけた、とかでもなく。気がついたら自然にこんな風になっていた。歳がやや近いということもあったが、それ以上に彼女の店にあった膨大な蔵書は僕にとって魅力的だったし、彼女もまた、僕が交易通りの珍品売りからせっせと集めたコレクションの本に魅力を感じていたようだ。


 いわば、同好の士である。

 が、


「――ううん。今日あなたを呼び出したのは、それとは別の件よ」


 おや? そうなのか。


「今から、少し出かけたいところがあるの。むろん、あなたと街のマーケットに出かけて、お買い物しながら歩くつもりはないわよ。ただ、少し遠出をしなくちゃいけない用事があって」

「……? よく分からないけど、きみが出かけている間に留守番でもしてればいいのかな?」

「なに寝ぼけたこと言ってるの。あなたも一緒についてくるのよ」


 白い指で、胸元をつつかれる。

 ……。と、僕は一瞬だけ意味が分からなくなってから、


「ええっ! それって、まさか僕もきみの用事に付き合わなきゃいけないってこと?」

「だから、最初からそういっているでしょうが。ほら、さっさと支度しなさい。場合によってはあなたの家に寄り道してもいいわよ。あなたの馬車、借りるつもりだから」


 彼女は、忙しく室内に戻っていった。どうやら、準備の途中だったらしい。旅先に持っていくような一抱えあるトランクまで見えた。


 ちょ……ちょっと。待ってほしい。

 最近、いや、ここ数日のうちに思ったことだが。彼女――オリゼは、僕に対してだんだん遠慮がなくなっていないだろうか?


 彼女は下着まで抱えていた。それがアストレアの紳士たる僕の目に飛び込もうとして、思わず目をそらせた。彼女の顔がこちらに向いたが、どうや別のことに怒ったみたいで、


「早くしなさい。私、ぐずぐず人間は許さないんだから」



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