最凶最悪の魔導士は友達運がない 3
「古い事件だったから、調べるのに手間がかかったが」
魔族の血が混じる情報屋のラドンは、苦笑いしながらクライに紙束を渡した。
「助かるよ、で……情報料はいくらだ」
下町のさらに奥、帝都でも犯罪率が最も高いその一角にある酒場には、人族の姿を探す方が困難なぐらいだ。
そのためクライはローブを深々とかぶり、小声でそう言った。
「あんたとの仲だ、安くしとくよ」
テーブルの下でラドンが指を2本出す。
クライはそれに頷くと、ローブの袂から銀貨を2枚取り出した。
「数か月前から冒険者マガジンの記者ってヤツがうろついてるだろう。やっこさん、雑誌の記事以外に何か探ってるようだ。接触があったって聞いたが、気を付けるんだな」
その言葉にクライは青髪の少女を思い浮かべたが……
とても脅威につながるとは思えなかったので、ついつい苦笑いをもらす。
「それからこの件からは手を引いた方がいい、どうも危険なにおいが付きまとってる。これは情報屋としてじゃなく、友人としての助言だ」
珍しくラドンはそう付け加えると、その安酒場から去って行く。
残されたクライはテーブルの上の紙束をローブにしまいながら。
「友人か」
自然とそんな言葉がこぼれ出た。
ラドンは優秀な情報やだが、その血のせいでトラブルに巻き込まれたことがある。
それを助けて以来の付き合いだし。クライ自身、ある種の信頼も寄せているが……
「そんなものを持った覚えはない」
パーティーの仲間も同じで皆信頼しているし、好意も持っている。
しかしなれ合うのが嫌いだ。
だからクライは、その助言にも苦笑いしながら……
――ひとり酒場を後にした。
++ ++ ++ ++ ++
翌朝グランドルのメンバーは、それぞれが集めた情報を持ち寄って冒険者ギルドの横にある飯屋で会議を開いた。
「つーまーりー、どゆこと?」
アイリーンがそう叫びながら、首を捻ると。
その横でディーンがつまらなさそうに呟く。
「書いてある通りさ、その事件は……50年前に既に終わってた」
「知っておったのか?」
ガルドが不思議そうに聞き返すと。
「あの屋敷にかかっていた閉鎖魔法は最近解除されたみたいだが……長い間、そうだな50年ぐらい時を止めていた」
「じゃあさ、あの依頼主さんもその中で時間を止められていたの?」
アイリーンが納得いかないとばかりに、ディーンにかみつく。
「まさか、生命の時を止めるのは禁忌に触れる大魔術だ。あの屋敷の結界はたいしたものだったが、そこまでじゃない」
ディーンはそこまで話すと。
「お前は気付いていただろう。なぜこの依頼を受けた? 金に目がくらんだのか」
攻めるようにクライを見つめた。
クライは魔術結界が最近解かれたことも、依頼主が人ではないことも分かっていたが。
その程度のことは、帝都では珍しくない。
ディーンがなぜ怒っているのか理解できなかった。
ラドンから受け取った情報では、50年前にローデン・アリウスの事件は収束している。
その後取り潰される予定だった屋敷は、持ち主が次々と怪死をとげ、魔術結界の問題もあり、手付かずで放置されていた。
クライがため息をついて首を横に振ると。
「完全にありえないことを取り除けば……残ったものはいかにありそうにないことでも、残念なことにそれが事実だ」
ディーンはそう言って、辛そうに目をつぶる。
「ねえ、分かりやすく説明して」
その辛そうな表情が気になったのか、事件の真相が気になったのか。
アイリーンが心配そうにディーンに問いかけた。
「すまない、どうも俺は途中の説明が苦手だからな」
その声にディーンは目を開いて、ぽつりぽつりと推論を語りだした。
「問題は50年前に事件が終わってた事じゃなく、なぜ今結界が解除されたかだ」
ディーンの言葉に。
「帝都の地価高騰のあおりを受けて、いくつかの不動産屋があの土地を狙っておるそうじゃな」
ガルドは自分が集めた情報を話し。
「事件からちょうど50年ですから、帝都法の時効が成立するからでしょうか?」
法律に詳しかったボニーが、恐る恐る声を出す。
「最近魔族領では、指導者様とやらがあらわれて内戦が始まってるそうじゃない。それで逃げてきた魔物や魔族が帝都付近にも出没してるでしょ。その影響なんじゃない?」
アイリーンはこのところ増えた、A級S級の魔物の動向が気がかりのようだった。
「どれも正解かもしれないし、そうじゃないかもしれない。まだ情報が少なすぎてそこは判断できないが……とにかく誰かが何かの理由であの結界を解いた」
依頼主は、冒険者を探していた。
そしてその依頼主は人ではない。
「亡くなった主人……ローデン・アリウスの仇を打ちたいのかと思ったが、どうもそうでもない。聞けば、主人の大切にしていたものを取り戻したいだけだという」
問題は、依頼主が酒場にあらわれたのはあの夜が初めてな事。
結界は3ケ月前に解かれていた事。
ローデン・アリウス殺害事件の犯人は捕まっていて、牢獄の中で既に死を迎えていた事。
「精霊や宝具に宿る魂は不安定で純粋だ。だから周囲をあまり見ず、純真な思いだけで行動することがある」
ディーンはそこまで話すと、クライの顔を眺め。
「だから良い結末が見えねえ」
ぽつりとそう言った。
「依頼主が人ではないことは分かるが、どうして精霊や人格を持つ宝具が係わっていると判断できる。知能の高い魔物や人霊という可能性もあるだろう」
クライが素直にそう聞き返すと。
「知らないのか? 魔物や人霊には多少姿を変えられるやつもいるが、人格や存在まで完全に変えられるシェイプシフターは、精霊か宝具に宿る魂だけだ」
もちろんその事は知っていたが、クライはさらに混乱し。
「シェイプシフターがこの件に関わっているのか」
ディーンを見つめると。
昨日と同じような仕草で。
『あほう、よく考えろ』
頭の上で魔術スペルを空中に描いた。
クライとディーンがまた立ち上がってにらみ合うと、アイリーンが仲裁に入る。
「まあまあ、じゃああたい達はそのシェイプシフターを探せばいいのね」
なだめるアイリーンに、ディーンは不貞腐れながら。
「シェイプシフターは探さなくてもいい。だが少しでも救いのある解決を望むなら、だれがどんな理由であの結界を解いたのか……それを探すのが先だろう」
そう言って大人しく椅子に戻る。
ディーンの瞳にまた悲しみの影が宿ると、アイリーンはそれを心配そうに見つめた。
クライはため息をつきながら座り直し。
何を見落とし、ディーンが何を伝えたかったのか……
――嫌にムカムカする胸を抑えながら、思考を巡らせた。
++ ++ ++ ++ ++
リュオンはそこまで話を聞くと首を捻った。
「聖人様はたったそれだけの情報で、謎を解いたのですか?」
「奇怪な謎ほど、種を明かしてしまえばありふれたものだ。しかもこれは私の見落としが原因で、謎と言うほどの物でもないかもしれない」
クライが苦笑いすると、リュオンが空になっていた二人のカップにお茶を注ぐ。
その時初めて、リュオンの大きく開かれた胸元に気付き。
クライはさらに苦笑いを深め。
「今思えばディーンは、几帳面なくせにどこか抜けている俺を導こうとしていたのかもしれない」
意外と大きな胸の谷間と、不似合いな大人っぽい黒のレースのブラジャーからそっと目を離した。
「クライ様が抜けてる?」
可愛らしく首を捻るリュオンは、珍しく薄っすらと化粧までしている。
「どうもそれは……まだ治ってないようだがな」
そんなクライの言葉に、リュオンはさらに悩んだが。
「ちょうど良いところで話が途切れた。今までのところで事件のヒントが出そろっている。リュオンはシェイプシフターが誰だかわかったかい?」
クライはそう言って話題をそらした。
「あの……もう少しヒントがもらえると嬉しいです」
「まず1つ。シェイプシフターは純粋で強固な意思で動く。人の最も強く純粋な意思とは何か、考えてごらん」
更に首を捻るリュオンを見ながら、クライは微笑み。
「2つめは……シェイプシフターは複数の人間に分かれるが、みな同じ意思で動く」
そう言ってお茶を口にする。
「あっ、ひょっとして!」
リュオンが大きな瞳を見開くと、クライは少し意地悪な笑みをもらし。
「それからこの事件は、今回ディーンが帝都に来た理由とつながっている」
クライも過去を振り返りながら気づいたことだが……
事件に巻き込まれたリュオンに伝えておく必要があるだろうと。
――そう付け加えた。
「どんな所が?」
頭の回転が速く好奇心旺盛なリュオンは、少し前かがみになって声をあげる。
……おかげでまた胸の谷間が強調されて、クライは戸惑ったが。
「あいつは極秘情報だと言って、天神はピーマンの臭いがすると言っただろう」
「天神は実体の無い魔力体で、攻撃の際に相手の心の底から嫌悪するものに姿を変える……でしたっけ?」
「今思い返せばこの事件の裏側にいたのはやつらだ。そしてあの頃の私には、怖いものを思い浮かべる想像力が欠落していた」
もう一度首を捻ったリュオンに、クライは優しく微笑み返し。
窓の外を確かめるように眺めた。
雪は相変わらず降り続いていたが、帝都城前公園で遊ぶ若者たちは無邪気にはしゃぎまわっている。
彼らの未来は無限の可能性に満ちていて、きっとまだ……心の底から嫌悪するものに出会っていない。
リュオンに視線を戻すと。
この才能に溢れ、美しい少女の未来にも……
辛い現実があらわれたときに、何かの糧になればと。
クライは過去の自分の過ちを……
――楽しそうに、また語り始めた。
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