最後の行動
西塔は5階建ての建物で、陛下の寝室はその3階にある。
途中で魔術探索した結果、各階に5ヶ所、合計25カ所に『違和感』があった。
それを組み立てると、
仕組みは……
この3階を起爆位置とした、5乗の魔法陣。
5角解錠は25通りの組み合わせだから。その5重構造なら…… 術式は1万5,625通り。
――それを複合方向の立体構造で組み上げるなんて。
最新の応用魔法計算機を使用しても、解析も構築も不可能だろう。あのラズロットの封印箱ですら一方向の3重構造だった。
本当にこんな魔法陣を動かすことが可能なのか? そんな疑問が頭をよぎったが。
俺の勘が脳内で警告を鳴らす。
間違いなくこいつは動いている、と。
――そして。
この陣を組んだ魔導士は、俺に解呪されないようにこの魔法を完成させた。その挑戦状なような魔法陣に何かが胸から湧き出て。
俺は陛下の老婆のような顔を眺めながら……
――その高揚感を押さえるのに、苦労した。
++ ++ ++ ++ ++
「わざわざ足を運んでもらったんだ。聞きたいこともあるだろう……
せっかくだから、その問いに答えてやる」
陛下は楽しそうにそのしわだらけの顔を歪めて、そう言った。
チューブやコードで拘束されたような手足は、まったく動かない。
「この場に呼ばれたのは、陛下のお体を治すため。
まずは、今どのような状態なのか教えていただければ」
クライが仕掛けたこの魔法陣を解くための時間稼ぎと、やはりその年老いた姿に疑問を感じ。
――俺はそこから会話を始めた。
きっとクライは、まだ陛下が復讐の相手だと確信していない。
その証拠に、この術式には起動の符丁が存在しない。本人が直接魔力を発動して動かす仕組みだ。
今回のこの謁見で、事実を探る気なのだろう。
なら、クライはここにいる。そして解錠の時間を稼ぐには……
その話は後にするべきだ。
「ふん、そこからか…… 動けん理由は、8年前。
帝都決戦の戦火の中、側近に化けた魔族の兵に後ろから斬られたからだ。
致命傷だったが、魔族軍の将校のひとりバド・レイナーと名乗る男に……
『まだ死ぬのは早い、お前はなさなくてはいけない事がある』と、言われてな。
こんな中途半端な姿で、命だけはとりとめた。
延命魔導装置は、神学院の手によるものだ。
その辺に疑問があればこいつらに聞け。
それからこの老いた姿は…… 生まれつきの病だ。
どんな魔術でも、応用魔法でも治らんらしい」
陛下の話を聞きながら、塔に仕掛けられた魔法陣の解析を急ぐ。
基本構造は、ラズロットの封印箱と同じ。
1,3,5階の
それにヒントを得て、この建物の形からこの陣を設計したんだろう。
そうなると…… クライはたった2日でこの魔法陣を描いたことになる。
まったく、相変わらずあきれ返るほどの才能だ。
「生まれつきの病…… 差し支えなければお話していただけませんか。
――この後の回復魔法に、影響が出てもいけませんので」
俺はそう言いながら、残った2階と4階の魔法陣の追加計算に入った。
「皇族の秘密なんだが…… まあ、今更隠してもしかたがないか。
わが一族には数代に一度、短命な天才が生まれる。
良く燃えるロウソクが、早く燃え尽きるのと同じ仕組みだそうだ。
私が10歳の頃には、既に成人の姿をしておった。
父と兄はそんな私を幽閉していたが…… あの戦争がそれを許さなかった。
帝国の民を、魔族に根絶やされる前に。
あの無能な親子を殺したのは。 ――うわさ通り私だ。
それからこれは、天命のようでな。
あの魔族の将校ですら『これは治らん、運命を受け入れろ』と、言っておったよ」
陛下の言葉が終わると同時に、一度俺は行き詰った計算を保留する。
新たな疑問がわいた事と…… この会話中にもうひとつやらなくてはいけないことがあったからだ。
「では、陛下のお命は……」
「こいつらの話では、このままではもって数か月。
傷が癒えて、通常の状態に回復しても数年だそうだ。
ただな、まだ帝国の政治は安定しておらん。
このままでは、やり残したことがあって……
死ぬに死ねんのだよ」
この部屋にいるのは俺と陛下とリリー、そして3人の神学院の技術者だ。マスクと帽子で顔を覆い、表情すら読み取れないが。その態度から3人ともひどく緊張していることは、良く分かった。
俺はその男たちをひとりずつ確認するように眺め。
「誰か、隠ぺい魔法や変身魔法を利用しているやつはいるか?」
脳内でマーガに確認をしたが。
「特に魔力で覆うような気配は感じないわねえ……
でも、ディーンちゃん。皆若くてピチピチの男の子よ」
やはり微妙な情報しか入ってこなかった。
――それ、だれ得の話なんだ?
隣にいるリリーに視線を向けても……
目が合うと、なぜか恥ずかしそうにモジモジしただけだ。
そう言えば、リリーに腹芸は通じなかったか。
まったく…… どうやら俺は仲間の選択を間違えたようだ。
こうなれば、確信となる情報を陛下から聞き出し。
動揺を誘って、この部屋にいるはずのクライを割り出すしかない。
「それではお言葉に甘えて…… 陛下がなぜカルー城戦であのような作戦をとったのか、教えていただければ助かります」
俺がそう言うと、ギ~ッとなにかをひっかくような音が聞こえてきた。
これも以前通信で聞いた音だったが…… どうやらそれは、身体を捻る時に出る音のようで。ベッドに縛られている陛下の背中が少しだけ浮く。
「やはりその話か…… 良い、続けろ」
その顔は悲しんでいるのか喜んでいるのか、判断しにくいものだった。
「立案・実行が闇の王の手によるものだとしても。
その後の帝国軍の動きがあまりにも上手くいき過ぎている。
……ひょっとしたら闇の王がとダンフィル卿入れ替わり、カルー城戦の裏切り行為を行うのを陛下は知っていたのではないかと。
その上で、冒険者や傭兵を雇い。事前にカルー城に集めることで、正規軍の消耗を減らしたのではないのですか」
ここまで俺が話すと、3人の技術者が同時にビクリと動く。
――これじゃあまだ、誰がクライなのか特定ができない。
「もしその推理があっているとしてもだ。
ただ蛮族どもを、盾として利用しただけの話だろう。
それにお前は、孤児とは言え純粋な人族ではないのか?」
そう言った陛下の表情は…… 老いた姿からは想像できないほどの。
――無邪気な子供のようだった。
才があり、皇帝の娘として育てられ。
数奇な人生を送ったとしても…… 彼女の精神年齢は幼いままなのだろう。
そう感じると、俺の心の中で何かが外れる感覚があった。
一番陛下の近くに立っている男が、確認するように背中のチューブに目を移す。
魔族が帝国本土に攻め入って大戦がはじまる前から、あちこちで小競り合いがあり。俺たち平民は疲弊し、戦場に身をやつすものも多かった。
傭兵の多くは純粋な人族ではなく、獣族や魔族の混血だったし。冒険者も…… 俺のような孤児や、異族種が多かった
また帝国では純粋な人族とは、白い肌の金髪や栗色や黒髪の人種で。派手な赤や青の髪や、褐色の肌の人々は蛮族と呼ばれ…… 先祖に魔族や獣族が混じっていると言われている。
陛下の背にあるコードは、赤、金、緑、の色がついていて。それぞれ別々の応用魔法器につながっていた。
どれかが起動術式の符丁になっているとしたら……
心を落ち着けるために深呼吸すると、セーテン老師の言葉が脳裏を過った。
「発想は、一点に集中しても訪れん。心を穏やかにして、全体を観ろ」
俺は全体像をひとつの絵として、もう一度頭の中に思い描く。
5重構造の
陛下の背からつながる応用魔法機器の位置はそれぞれ部屋の端にあるが。
一台だけ…… 最近移動させたような絨毯の跡が残っていた。
25ヶ所の起点を脳内で立体図として描いた場所に、そのズレた応用魔法機器の位置を重ねると……
建物を斜めに通すような、もうひとつの
こいつは5重じゃなくて、6連構造の魔法陣だ。
俺はそれをもとに魔法陣の再計算を行う。
間違いなくそれは、今まで見た魔法陣の中で最も複雑で……
――最も美しいものだ。
無意識に止めてしまっていた呼吸を再開するために、俺は大きく息を吐く。
その美しい術式と、哀れで矮小な目の前の女を比べ。
やりたいこと、やらねばならぬこと。そして、なにを未来につなげるのか。
全てがひとつの形になるのを確認して。
俺は、この復讐劇を終わらせるための……
――最後の行動へと移った。
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