言い知れない不安

リリーが怒りに任せて振るうブレスに、帝都城の中庭はパニック状態に陥った。


「下僕よ、今こそ引導を渡してやる!

こそこそ逃げ回っとらんで、そこに直れ!」


統率は乱れたままだが、衛兵のやつらはリリーの攻撃を器用にかわしている。

さすが選りすぐりの兵たちだ…… 個の能力が極めて高い。


おかげでケガ人も出ていないし。


予定通り中庭と、誘導部隊が白亜城付近で騒ぎを起こせたから、ある意味打ち合わせ通りなんだが……


どさくさに紛れて、中庭奥の建物。以前シスター・ケイトと訪れたときに、俺が捕まった場所へ逃げ込むと。


「ディーン、ずいぶんと複雑な作戦のようだが…… 狙いはなんだ?

あの美女はリリーなんだろう。なぜ彼女はあんなに怒ってるんだ」


騎士団のローブを着た、すまし顔の男が話しかけてきた。


「そんなに複雑な作戦じゃないんだが、まあ成行きみたいなもんかな。

なあクライ、ここで話しかけてきたってことは、どこまで情報をつかんでるんだ?」


俺は身を伏せ。こちらに近付いてくるリリーを確認しながら、やつに話しかける。


「おまえのファンクラブ通信に記載されてるとこまでだな」


凄く真面目な声で、意味不明の言葉を発した。

俺がクライの脳みそが心配になって振り返ると、騎士団の剣士姿の男女が駆け寄ってきて。


「ディーン様、これはいったい?」

ルイーズが切れ長の瞳を歪めながら、不思議そうな顔で話しかけてきた。

うん、ちょっと顔が近すぎて、吐息が当たるんですが。


なんとかルイーズの整った顔から視線を外して、もう片方の男……

ライアンを見ると、あいわらず薄ら笑いを浮かべながら、ポケットから通信魔法板を取り出した。


「ディーン様のファンクラブ会長であるナタリー司教からは、このような連絡だったんですが」

ライアンはそう言って、俺に画面を見せてきた。


そこには……

昨日の打ち合わせ内容が、きれいにまとめられて開示されていた。そつのない仕事はナタリー司教らしいが。

――これって大丈夫なのか?


俺が首をかしげると。


「ご安心ください、ディーン様。このファンクラブ通信は聖国の特殊暗号魔法技術を採用していますので、帝国に情報が漏れることはありませんし。

ファンクラブ会員は、この件の関係者ばかりです。

――もっともリリー様とケイト様には、会の存在を知らせておりませんが。

そうそう、私の会員番号は4番です」

ライアンがそう説明し。


「あたしは会員番号3番です!」

ルイーズがグッとこぶしを握り締めながら、妙に体を寄せてくる。

なんかもう、いろいろと意味不明ですが。


確かに作戦会議の時に「連絡は任せて」と、ナタリー司教が張り切ってたが。


「なあ、クライ…… これは?」

俺がルイーズから距離を取って、クライに向き直ると。


「ディーン、安心しろ。俺はおまえのファンクラブには入っていない」

いやね、問題はそこじゃない気がするんだが。


迫りくるリリーに、謎のファンクラブの存在。

ルイーズも、俺が距離を取ったら舌打ちしてたし。



なんだかどんどん問題が積載されてゆく気がして……

――俺は心の中で、深くため息をついた。



++ ++ ++ ++ ++



リリーが怒った状況を説明すると、クライとルイーズとライアンは。


「なにをやってるんだ……」


「作戦的には問題ないんじゃないですか?

あっ、ディーン様お顔に土が」


「そうだ、頑張るんだルイーズ!

ディーン様は押しに弱いという情報は確かだからな」


皆、好き勝手なことを言ったが……

クライが4人を囲むようにシールド魔法をかけてくれたおかげで、リリーは俺を見失ない、きょろきょろと辺りを見回し始めた。


「まあ、あの娘の能力ならあまり時間稼ぎにならんがな」

クライはそう呟いたが、多少でも猶予ができたのならそれを活かしたい。


「白亜城の正面玄関付近で陽動をしてる『真夜中の福音』たちと合流する前に。

……なんとかリリーと和解したいんだが」

ここまではなんとか予定通りだが、そうしないと今後の計画が狂う。


「まったく、女の扱いがなってない」

クライがため息まじりにそう言い捨て。


「和解しないと言う手もあるのでは?」

ルイーズが俺に腕を絡めてきて。


「そうだ、頑張れルイーズ! そこで一気に押し倒すんだ」

ライアンの脳みそが沸いたようだが。


「クライ…… 何か手があるのか?」

とりあえず、一番まともそうな腐れ縁の旧友に話を振ってみた。


「簡単な事だ、そっと抱きしめて『すまなかった』と小声でささやけばいい。

――それで上手く行く」


クライの言葉に、ルイーズは「ふん」と鼻を鳴らし。

ライアンは「まあそれが手っ取り早いですね」と、また薄ら笑いを浮かべる。


「そんなので、なんとかなるのか?」

俺があきれて問いかけると、3人が同時に深いため息をついた。


なんだろう、このバカにされた感は……


「どうやら衛兵隊は、あの娘に魔法ミサイルを撃ち込む気らしい。

あの応用魔法兵器なら、さすがに無傷じゃすまいないだろう。

とっととお姫様を助けに行きな」

クライが中庭を確認しながらそう呟いた。


俺はそのスキに、司祭服のポケットに手を入れる。カサリと指先に当たる紙の感覚を確認してルイーズを見ると、彼女は無言でウインクをした。


念の為ライアンにも顔を向けると、やつもなぜか可愛らしくウインクする。

凄く不快なんだが……


「なあクライ、この後どこまで付き合ってくれるんだ?

せっかくの良い天気なんだ、友達は多い方が楽しい」

俺が空を見上げながら、ポケットの中の伝言を握りしめると。


「あいにくと立場が微妙でね、作戦変更があったかどうかの確認と……

こいつを渡すのが済んだら退散する予定だ。

――それにデートは2人きりの方が楽しいだろう」


クライはそう言って、俺に魔法石がついた鍵を放り投げてきた。


「おまえには必要ないかも知れないが、ダンフィル卿の私室の鍵だ。

――例の美女はそこにいる。

道案内はあのシスターたちに頼んでくれ、彼女たちならダンフィル卿の私室の奥の秘密も知ってるだろう」


その鍵を確認すると、魔法石には複雑な魔術回路が仕組まれていた。

確かに開けれないことはないが……


「ずいぶん手間が省けそうだよ、助かる。そうそう、これからおまえはどうすんだ? なんなら仕事終わりに飲みにでも行こう。

いい店が見付かったんだ、おごってやるよ」


「さあな、たぶん今日は残業だ。悪いがまた今度にしてくれ」


クライはそう言うと魔術フィールドを解除して、ライアンとルイーズを連れて白亜宮殿に向かって走り出した。


ただ酒とただ飯が大好きなあいつが、おごりを断るなんて。

クライから渡された鍵と、ルイーズから受け取った伝言を握りしめると。



どこからか言い知れない不安が……

――俺の胸を、チクリと貫いた。



++ ++ ++ ++ ++



ルイーズからの手紙を確認しながら、俺は近くにあったアーチ型の噴水の陰に身を潜ませ、リリーが通り過ぎるタイミングを見計った。


2本の噴水が門のように水のイリュージョンを形成し、それぞれの下には小さな池がある。


ちょうど噴水横をリリーが通り過ぎようとしたとき、後方からズドンと爆発音が響き。とっさにリリーを抱き留めて、池に飛び込むと……


「なな、なんじゃ! うむー下僕め、どこに隠れておった!!」


リリーは俺の腕の中で暴れまわり。

同時に被弾した噴水が木っ端みじんに砕け散った。


「第2射が来るかもしれん、大人しくしてろ」


爆発音におどろいたのか……

リリーは急に大人しくなって俺の顔を見上げた。


確かクライは。

「そっと抱きしめて『すまなかった』と小声でささやけ」と言ってたが。


――俺が覚悟を決めて。

「すまなかった」と、リリーに耳打ちすると。


「う、うむ…… 我もあれじゃ、少々怒り過ぎた」

モジモジとそう言って顔を赤らめた。


クライの言ったとおりになったのは癪だが、事態は丸く収まったのだから、とりあえず俺が一息ついたら。


池が深くて、リリーは脚がつかないのか。

しがみ付くように抱きついてきた。


子供姿だった頃のリリーからは、信じられない弾力があちこちに当たるが……

今はそれを楽しむ余裕はなさそうだ。


俺はリリーを池のふちまで連れて行って、衛兵の動きを確認しながら。


「頼みがある」

ポケットの中の手紙を取り出した。

魔術インクで書かれていたそれは、多少濡れても読むことができたようで。


「なんと、そうじゃったのか。で、下僕よ…… どうするのじゃ?」

リリーは池からはい上がると手紙を読みながら、そう聞き返してきた。


「俺の親友を助けてくれないか」


俺も池からはい出て、リリーの横に並んで身を潜める。

リリーは真面目な顔でコクリと頷いてくれたが。


水浸しになった修道服がピッチリと肌に張り付き。リリーの大きな胸とくびれたウエストの形がハッキリとわかった。


帝都の砂漠特有の乾いた空気と、この日よりならすぐ乾きそうだが。今走り出したら、衛兵にこのリリーのエロすぎる姿が見られてしまいそうで。



どうしても次の一歩が……

――俺は、上手く踏み出せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る