第11話:《メルディ》襲撃


お前も行くぞ、とロコがジズに声をかける。彼は何か思い当たることがあったのか、アケとヨイに駆け寄ると一言二言会話をしてからやって来た。


「平気だよ、くれぐれも気をつけてね、って伝えただけさ」


あまりにも心配そうな表情のイリアにそう告げる。ロコが一瞬だけピクリと眉を動かしたが、特にその先は続けなかった。


その代わりのように、


「イリア、気になっていたのだが、《メルディ》の正確な本数はわからないのか?」


と話題を変えた。いきなり投げかけられたイリアはえっと、腕を組んで困ったように唸った。


「口承では二十二、って言われてる。世界を支える柱に見立てるって……。でも、正確かどうかはわからない」


何しろ、ここしばらく巡礼を成功させた民はいないから……。


ふむ、とロコは頷きながらチラリとジズを見る。そこに宿る身を案ずる色にジズは苦笑混じりに首を捻って見せた。それだけで二人の意思は伝わる。ロコは呆れたように息をついた。

するとそこで突然、あっ、とイリアが何かに思い当たったように声をあげる。


「でも、巡礼を終了したことはわかるって、聞いたよ。里の《メルディ》とはこれでつながってるから」


里を出る前に見た光る腕輪を示す。そういう大切なことは先に、と二人は思ったが、言っても仕方がないので口を閉ざす。まあ、今の段階でわかってよかった。


「二十二、昨日今日で二本だからあと二十か。途方もないね」


先ほどの一本を抜く十二本はロコの人形が見つけているが、廻るのも大変な上に、未だ見つかっていない《メルディ》は七本もある。悠長に構えている暇はない。


「だからこそ、お前たちは力を温存しておけ」


ロコはそう言ってから二体の人形の方を一度振り返った。どうした?というジズの問いに、いや、と首を振り、三人はこの先にあるという小屋を目指した。








「ヨイ、行きましたか?」


「うん、行ったみたいだよ、アケ」


そっくりな顔を見合わせながら口々に言う二人の人形。


彼らは最後に此方を振り返った主の行動理由を正確に理解していた。故に、彼らの消えた方向とは逆、すなわちまだ闇に包まれた森の方に向き直り、視線を鋭く息を潜める。


「近距離はボクの得意分野だから任せて、アケ」


「えぇ。では僕は後方支援を……」


「さっすが、わかってるーぅ」


ヨイは言いつつ両手を勢いよく払い、袖から刃に変形させた手をむき出しにする。


「さぁて」


「出ていらっしゃい」


「出てこないなら……」



「こちらからっ!!」「こちらからっ!!」



声が同時に響いた。


瞬間、ヨイがまず地を蹴り茂みにものすごいスピードで飛び込んでいく。そこにいたのは黒いフードを被った影。ヨイはその目の前で跳躍すると、頭上の木の枝を蹴ってさらに加速、影が臨戦態勢に入る前に容赦なく腹を切り裂いた。


しかし、ヨイの顔つきは晴れない。さらに気を研ぎ澄ませて周りを見回す。


一つ、二つ……、と新たな影が起き上がる。


「死霊魔法……」


地の国の魔族が得意とする死霊魔法。仮初めの肉体に死した生物の念や魂を定着させ操るものだ。大半は木偶で大した戦闘力も持たないが、使い手の技量と魂がぴたりとあったときに、すさまじい力を持つものも生まれるから厄介だ。


そして、この数である。間違いなく、精神が正常な人間では到底扱えないような次元の力。


「ますます、楽しくなってきた」


ヨイは舌舐めずりをして完全に形を得た黒い影を次々と舞うように切り裂いていく。


死霊魔法で動く仮初めの肉体には、精神汚染の魔法同様、必ずどこかに操るための魔法陣が存在する。ヨイはそれを正確に見抜き、足、腹、肩、背中、あらゆるところに点在する魔法陣に刃を立てて動きを封じていく。


抵抗することもなく、攻撃するでもなく、影は霧散していく。しかし、同時に次々と起き上がる黒い影。


「……っ、そろそろ、しつこいよっ!!」


下駄の歯で黒い影の顔面を蹴飛ばして魔法陣を砕く。


「アケ!」


「こちらは問題ありません」


「じゃあ援護よろしく!」


「承知」


アケは言いつつ左手の親指とひとさし指で円を作ると、その中にふぅっと息を吹きかけた。瞬間、息がパキパキと音を立てて氷のように薄く透明な刃に変化していく。アケが右手で影を指さすと次々と刃が飛び黒い影を切り裂いていく。


「ほらほら、有象無象はさっさとおやすみよ!」


アケの魔法を運良くかわした影をヨイが砕く。次々と蹴散らしているうちに、黒い影の再生が目に見えて遅くなってきた。親玉の力が尽きたのか、あるいは……。


その時だ。


「ヨイッ!!敵性反応あり、魔力を体内に持つものが向かってきます」


「なるほどー、親玉の突撃かぁ。いいねぇ、嫌いじゃないよ」


ヨイはニヤリと笑って見せた。しかし、アケは、いけません、と首を左右に振る。


「地の国のものならば、太陽に弱いやもしれません。深追いはしないように……」


「あーもうっ!そういうまどろっこしいことは却下却下!!」


ほら、来たよ。


言うや否や現れたのはものすごいスピードで駆けるやはり黒いフードを被った影だ。しかし、その内包する桁違いの力に二人は警戒レベルを一つ上げる。


が、フードの影は黒い剣を抜くと、突然アケの立つ背後の《メルディ》目掛けて斬撃を放ってきた。アケはとっさに吐息の刃とそれをぶつけて相殺したが、影はすぐアケの目の前に降り立ち、彼に向かって剣を降り下ろした。


ギイィン、と甲高い音がした。間一髪のところで二人の間に滑り込んだヨイが影の剣を受け止めたのだ。


「ほい、残念でしたー」


下駄の歯で腹を蹴飛ばそうとしたところでフードの影は舌打ちしながら素早く飛び退く。ヨイが追撃をかけようと地を蹴り出すが、フードの影は最後に再び黒い影を呼び起こした。


「これで終わったと思うなよ。貴様らが巡礼を続ける限り我らは何度も現れるからな」


フードの影はそう言い残して立ち去ったのだった。

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