第11話:希望のしるべ


一人きりになった部屋でジズはぼんやりと壁の灯りを見ながら思考の海に身を沈めていった。


今までのこと、現在のこと、これからのこと、まとまりのない感覚がグルグルと脳裏に渦を作り出してかき混ぜていく。大半はとりとめのないただの戯言や思考ばかりだ。だが、この感覚がとても心地がよい。何も考えず天井を見つめ続けていることはどうにも味気がないのだ。


昔からよく思考に耽りすぎて他のことが手付かずなこともよくあった。その度に兄貴分であるヴェーチェルやエレオスに呆れられたものだ。二人は元気だろうか。


――あぁ、久しぶりに二人に会いたくなった…。俺の、俺たちの命が尽きる前に。……できることなら、≪希望≫を土産に会いたいところだけど、こんな感傷的になってるってことは、もう俺も長くはなさそうだ。


いくら≪種≫を一つ吐き出したとはいえ、長年溜め込まれてきた≪陰≫の気がそう簡単に消えるわけがない。≪種≫を吐き出して十日も寝込んだ事実を考えれば、自分の体力の回復にそれだけの時間を要したということ。しかも十日眠っても≪メルディの万能薬≫がなければ、ろくに動けなかった。自力で回復するにはもっと時間がいるのだろう。


――巡礼中に壊れるのが一番怖いな。……この依頼、やっぱり断るべきかな。


ゆらゆら揺れる灯りを睨むように見つめる。


――あの万能薬があるならまた話は違ってくるだろうけど、あれが湧いて出てくるようなものだとは考えられないし。


第一、入手が容易ならそれをイリアに使えばいいし、巡礼にも持たせればいい話だ。その話が出てこないということは、つまりそういうことなのだろう。


――そもそも、万能薬って言うくらいだし、おいそれと手にはいるものか。…あぁ、命拾いはしたけど、とんでもなく貴重なものを飲んでしまったな。


でも、ようやく一つ≪希望≫への手がかりを得た。≪メルディ≫と≪ナディ≫は……。


と――。


コツコツ、と戸を叩く音がする。こちらの返事も待たずに開け放たれたそこには、イリアとアゲハ、そして大きな包みを両手で持ったロコがいた。


「や、やぁ、ロコ」


冷えきった青い瞳を見てジズは苦笑しながら手をあげた。ロコは眉間にシワを拵えるとツカツカとジズに歩み寄り、突然彼の肩を強く押してベッドに倒した。


「何度命を無駄にするつもりだ…?」


低い声。怒ってるなぁ、と思いつつジズは頬を掻いた。


「目の前で死にそうになってたら助けるだろ?医者として当然だ」


「死にかけのくせに……」


舌打ちしながらベッドに腰をおろすロコ。すると、ちょうどそこに戻ってきたイリアが居心地悪そうにうつむいた。


「あの、ロコ。僕がいけないんだ。僕がジズに…」


「お前は悪くない。判断したのはこいつだ」


「あは、その通りだよ。イリアが悪いことなんてこれっぽっちもない」


ジズがそう言うとロコは、ほう、とジズをねめつけた。


「わかっているならもうするな。ギルドへの定期連絡のとき、偶然そこにいたお前の兄貴分たちに大目玉食らう私の身にもなれ」


「…あ、俺の心配よりそっちが主なのね」


呆れ顔のジズに、当たり前だ、と言ってのけるロコ。なぁんだ、と残念そうに言うが無視された。その代わりのようにロコは床に置いていた包みを足先でつつきながら示す。


「冗談はさておき、例のもの作ってもらったぞ」


「あー、それそれ!それを待ってましたー。イリア開けてごらん?」


「え?あ、うん」


言われるがままにイリアが包みを紐解く。中から現れたのは白い絹の二重織りで作られたフードつきのマント。疑問符を浮かべるイリアにジズが言った。


「それはね、≪ツェクーペ≫って言う虫の繭から採れる糸で織ったマントだ。太陽の光から僕らを守ってくれるのさ。巡礼に持っていくからね」


イリアはそれを大事そうに抱き締めながら頷いた。巡礼、その言葉を引き金に彼の表情が凍りつく。


「…本当に、本当にジズは巡礼についてきてくれるの?」


懇願するような目でこちらを見てくるイリア。ジズは目を閉じて少しだけ考えるそぶりを見せた。が、すぐに微笑みながら頷いた。


「もちろんさ。≪月慈の民≫の≪希望≫を俺たちで叶えよう」


――きっとそれが、俺たち≪コバルティアの民≫の≪希望≫にもなると思うから…。









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