第10話:人形
ロコはそう言って再び血走った目で怒りの鳴き声をあげている猪に目をやる。息が荒い、少しは攻撃の効果があるようだ。だが、仕留めるまでにはいたっていない。
「ヨイ、しっかりついてこい」
「はぁい、もちろんですよー。主殿の糸遣いの方が気持ち良く躍れますからねー」
ヨイ、と呼ばれた少年人形は嬉しそうに言うと、瞬間、動き出したロコの指に従って中空に跳び上がる。そして空中で上半身を捻って木の幹を蹴ると、加速しながら刃に変形させていた手を思いきり振り抜いた。その切っ先が切り裂いたのは猪の目。ロコはそれを手応えで感じたのか、すぐに糸を引いてヨイを下がらせる。
猪は目を失い、痛みと怒りで半狂乱を起こしていた。がむしゃらに突っ込んでくるところに、ロコは真っ正面からヨイをぶつけんと手首と指先を器用に躍らせる。ヨイは恐れることなくそれに従い、突っ込んでくる猪を前に体勢を低く構え、容赦なく前足を切り捨てた。そして、バランスを崩して木にぶつかった猪の背に飛び乗ったヨイが背中に一突き。
ロコの指先から魔力が消える。同時に地響きを轟かせながら猪の巨体が倒れた。ヨイは倒れる少し前に背から飛び降りてロコの元へと駆け寄っていく。
「また≪吸血虫≫いましたよ、主殿」
猫が戦利品を見せびらかすように、ヨイは刃の先のものをロコに示した。
「またか。≪ラデル≫の町の近辺といい、この渓谷といい、物騒なものが繁殖してるな」
「大繁殖の兆しはないんですけどねぇ」
「まあいい、ひとまず気にはかけておくか。――さて、すんだぞ、用はなんだジズ」
ロコが呼びかけると、木の上に避難していたタテハが降りてくる。手にしているのはアゲハが持っていたものと同じ鏡だ。
「たどり着けそうかい?」
「まだだ。随分と厄介なことを押しつけてくれたな」
「悪いね、報酬は弾むよ」
カラカラと笑う。ロコがピクリと片眉を動かす。きっと勘にさわったのだろう。
「でさ、追加で薬草の調達をお願いしたいんだけど…」
ロコが文句を言う暇も与えずにさっさと薬草の名称を言う。記憶力がいいロコと医療の心得のあるタテハだし、と何となく雑さを感じる対応だ。
「ということで、よろしく」
「わかった。後で覚えておけ。報酬はきっちりと支払ってもらうからな」
「ええぇ!?ちょ、それってどうい…」
癪に障ったので、脅し紛いの言葉を乗せてから途中で通信を切ってやった。今ごろオロオロしているかもしれないな、いい気味だ、と心のうちで思いながら、ロコは再度歩き出した。
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